「ごめん。ごめん。でも、大丈夫や。あんたのこと頼まれてんねん」」
「えっ、おかんに?」
「そうや。敏子さん、今、和歌山にいてはんねん」
「和歌山?」
「みかんと梅が美味しいとこや」
「柿もちゃうか」
夜は、オバジェンヌの家に泊まった。
自分の布団で寝たかったけど、今日は絶対に寝られへん。そう、思ったらどこで寝ても同じやし、オバジェンヌの言う通りにした。二階の4畳半の部屋に布団を敷いてくれた。壁には、かまやつひろしとサインされたロン毛のおっさんのポスターが貼ってあった。ギターを持って、こちらを向いて笑ってる。「呑気なおっさんやな」と、思ってしまった。布団はふかふかで、夏の匂いがした。今夜のことを思って、オバジェンヌがお日様に当ててくれていたんだろう。「変な人やけど、優しい人や」俺は眠れないどころか、爆睡していた。
翌朝、細い廊下を隔てた、オバジェンヌの寝室をのぞくと、これまた猫の形の足をした白いベッドが置かれていた。オバジェンヌの姿はなかった。
「朝ごパンできたでー」と階下から声がした。
めちゃ分厚いトーストにジャムとバター、ミルクコーヒーが置かれていた。お皿は猫のイラストでそのイラストがめちゃリアルで猫から睨まれているようで、落ち着かなかった。オバジェンヌは、ぐわっしゅのまことちゃんのマグカップを使っていた。俺のは、まっ白のカップで、この食器の中で一番おしゃれやなと思った。
「明日から出かけるから、今日は準備の日。家に帰って着替えをリュックに入れて、持っておいで」
「和歌山に行くのん?」
「そうや」
結局、その日もオバジェンヌの家に泊まって、明日から一緒に和歌山に行くことになった。ちなみに、今夜のごはんは、オムそばやった。焼きそばを玉子でくるんだやつや。これもめちゃソースが濃過ぎず、キャベツやピーマンや人参や豚肉やイカが入っていて、うまい! 土曜日にいつも行く、駄菓子屋兼お好み屋のおばちゃんも一回オバジェンヌのこの味を食べた方がええんちゃうか。そしたら自信なくして、店閉めるかもしれんけど。
おかんは、なんでオバジェンヌに俺のことを任せて一人で和歌山におるんやろ。そう思うと気持ちがざわざわしてきたけど、考えてもしゃーない。寝るしかない。でも、さすがにこの日の夜は何度も寝返りをして、窓から吹くなまぬるい夜風と扇風機の音を聞いていた。
太陽がギラギラして眩しくて目が覚めた。オバジェンヌは、昨日と同じ朝ごパンを作ってくれた。パン焼くだけやけど。トーストの厚さがええ感じで、俺は、2枚も食べた。