丸山さんのタクシーは、土曜日になるとたいがい小学校の校門あたりに停まっていて、
「おう、守くん乗っていくか」って俺を家まで乗せてくれるねん。
そう、俺の名前は、岩田守です。
俺が赤ちゃんのころからみんなが俺を知ってるから、一人でいても誰かが見てくれてる。そんな感じがこの住宅にはあった。
家でおかんを待ちながらテレビで「刑事くん」を観てた。三十分で事件を解決するのは、早すぎるやろ。なんて、しょーもないツッコミは、できひんかったわ。なんでかって? そらオカンが帰ってこんからや。
庭に人影が見えた。やっと帰って来たわ。と、サッシ開けたら、隣のオバジェンヌがにかっと笑って立っていた。
「晩御飯は、うちで食べ」
「おかん、待ってんねん」
「鰻やで。おばちゃんの特製たれや」
時計を見ると七時を過ぎていた。キューとおなかが寂しい音を立てた。おかんのことが気になって心臓をキュッと絞られているようで、座っていても宙に浮いてる感じやのに腹は鳴りよる。ほんまにからだは、正直やわ。
オバジェンヌの家は、畳の上にワインレッドのカーペットが敷いてあり、その上に猫の足の形をしたテーブルと椅子が並んでいた。府営住宅には似合わない家具だ。テレビはなく、木製のステレオが置いてあった。
「座敷はキライやねん。足がもつれるやろ」
「うん、この椅子は、らくちんやわ」
テーブルの上に鰻重と吸い物が並べられた。
「まずは、食べてからや。はい、いただきます」
「うん、いただきます」
鰻は今まで食べたことがない美味しさだった。皮はちゃんと香ばしいのに中はふんわりとしていて白いご飯に鰻の脂がほどよく混ざって、その旨さをたれが強調してくれる。甘くない上品なたれだった。帰って来ないおかんのことをしばらく忘れて夢中で食べた。
「来週から夏休みやろ?」
「うん、そうや!」
「おばちゃんと出掛けよか」
「それよりおかんやん!」
「敏子さんなら、大丈夫や。ちょっと旅に出てはんねん」
「男と逃げたとか、いい加減なこと言うな」
「深刻なことほど、いい加減に。いい加減なことほど、真剣に。これが話を面白くする コツやで」
「知るか。そんなもん」