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『白の記憶』東泰山


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 久しぶりの実家は妙によそよそしく、まるでその表情を異にしていた。愛用の座布団に横たわったキクジロウは居間の中央で母と姉に囲まれながら、虚ろな目をして細かく震えていた。
「キクの様子はどう」
「時折か細い声で苦しそうに泣くんだけど、今は少し落ち着いているかな」
 母はキクジロウを撫でながら答えた。
 キクジロウは私に気付いて起き上がろうとするが、うまく力が入らないためだらしなく倒れてしまう。
「でも、今晩辺りかもしれないよね」
 しばらくして私は呟いた。一目見て今夜あたりが山だと直感していたからだった。前回実家に帰った時のキクジロウはとにかくやせ細って足腰も弱り、目も濁り耳も遠くなっていた。これまで絶対にしなかった粗相までも目立ってきていたため、私なりの覚悟はしてきたつもりだ。だが、弱々しく震えながら時折キュンキュンと悲痛な声を漏らす彼の姿を見るのは予想以上に苦しかった。
「とにかく、あと二日は頑張って欲しいな」
 ビールを手酌しながら父が言った。
 東京で学生をしている弟は明後日にならなければ帰って来られないのだという旨を父は続けた。キクジロウが家族の中で最も懐いていたのが弟だった。
 キクジロウが我が家にやってきた時から、散歩は私たち兄弟三人の交代制だった。進学や就職によりそれぞれが実家を離れるようになってからは、主に散歩は父の役目となった。しかしキクジロウは父との散歩をあまり喜ばなかった。散歩中は「しかたがないから俺がお前を散歩してやっている」というような態度をとるのだと、父はふて腐れながらよく言ったものだ。ところが、それが帰省した弟の誘いともなると、彼は途端に取り乱したように喜び回り、自らリードを咥え率先して玄関の三和土へと下りていくのだ。父はそんな彼らのやり取りをいつも苦々しそうに眺めるのだった。
 だから、どうしても大好きな弟に会わせてやりたくて、母はお湯で柔らかくしたドッグフードを三粒キクジロウの口にねじ込んだ。キクジロウはなんとか力を振り絞り、涎に塗れたその口を懸命に動かそうとしている。

 私が東京の大学を卒業した年の夏のことだ。就職活動にことごとく失敗してしまい当てのない私は、両親の言うに任せて実家に戻り、自暴自棄の生活を送っていた。このままではいけないと頭では分かってはいるのだが、被害者意識がどんどんと肥大し、うまくいかない現状を常に誰かのせいにしてばかりいた。家業を継ぐように説得する父との諍いは絶えず、空虚な理想を振りかざしては大切な人たちを傷つけた。四年近く付き合い、自分の唯一の理解者だと信じていた女性にも見放されてしまい、私の前途は文字通り真っ暗になってしまった。そして母の腫瘍が見つかった。幸いにして大事には至らなかったのだが、それは当時の私を挫く決定打には十分だった。

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