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『白の記憶』東泰山


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 キクジロウは私が高校一年生の夏に我が家にやってきたマルチーズだ。
 あまりにも可愛くなくて一年も買い手がつかないからどうにか貰って欲しいと、母が知り合いのペットショップから頼まれたのがきっかけだった。飼うことに消極的な母と私と対照的な父と姉と弟の強い希望により、キクジロウは我が家にやってきたのだった。
「びっくりするぐらい可愛くないんだってさ」
 母はそう言うが、そうは言ってもまだ子犬なのだし、流石にそこまでではないだろうとみんなが笑う中、やって来たキクジロウは本当に可愛くなくてびっくりした。瓢簞みたいな輪郭で、マルチーズの平均的なサイズを優に超えた彼は、一家の失笑を買うのに十分だった。我が家の来客たちでさえも、彼を「可愛い」と評価することは一度たりともなく、苦し紛れに「愛嬌のある風貌」「個性的な顔立ち」などとその場を凌いだ。それでも彼の毛並みはいつも柔らかくて白かった。
 名づけは誰だったのか、どうしてキクジロウになったのかは忘れてしまった。ただ、どんなに白い毛並みでもこの顔で「バニラ」だとか「ミルク」だとかは却って本人が可哀想だろうと父が言ったため、こんな古風な名前になったことだけは覚えている。
 キクジロウが我が家にやってきた初日、玄関の三和土に小型犬用のゲージを設置した。日中は家の中で過ごさせ、夜はそのゲージで寝かせようと母が考えたからだ。ところが、初日から毎晩のように家鴨のようなしゃがれ声で喚き散らした挙句、自分のフンを踏みまくる彼に家族の誰もが辟易してしまった。結果的にキクジロウの為に買い揃えたゲージセットは一週間と使われなかった。あの日から毎晩を過ごしてきた、居間の隅っこに置かれた小さな座布団はキクジロウが意地で勝ち取った居場所だ。
 キクジロウはお尻を床に着けたままチンチンをするという独特の芸をする。私が高校生の頃に遊び半分で教えた芸で、その白くて滑稽な直立姿勢がマーライオンに似ていると母が言い出したため、その芸の名前はすぐにそれと決まった。マーライオンと引き換えに、お座りやお手など全ての芸を忘れてしまった彼は、ご飯が欲しいとき、散歩へ行きたいとき、ことあるごとにマーライオンで自分の意思を訴えるのだった。ある年末に家族全員が揃って、テレビの音楽番組に釘付けになっていたとき、ふと振り返ってみると彼が健気にマーライオンで何かを訴え続けていたことがあった。
「芸というよりも、こいつの生きざまだな」
 そう言ったのは弟だったが、なるほど「生きざま」とは言い得て妙だと思った。キクジロウとの十五年間を思い返すと、マーライオンをする彼の姿ばかりが浮かび上がるからだ。そしてそんな彼を囲んで笑う家族の声も聞こえてくるようだ。不細工で売れ残りのキクジロウはいつの間にか家族になっていた。
 友人に裏切られたときも、大学受験に失敗したときも、将来のことで行き詰まったときも、初めて失恋をしたときも、キクジロウはいつも傍にいてくれた。人間とは違い何も言うことなく、ただ尻尾をふったり顔を嘗めたりするだけなのだが、それが却って煩わしくなくて心地よく頼もしかった。本当に何度も助けられた。

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