ありがとうございます、と返事をして、お先に失礼しますー、と小さな声で言いながら部署を出た。
お局、とか、ボス、とか言われ始めたのは今年に入ってからだなぁとそんなことを思いながらカードリーダーに社員証をかざす。ピッピッとゲームのような音を聴きながらエレベーターにのりこんだ。
受付の女性二人に挨拶をしてビルを出ると、秋らしい肌寒い風が手の甲を撫でた。なんか今日はこのままじゃイヤだな、と思って、豊にメッセージをした。今日寄ろうかなと送って数分歩いているうちに、じゃあビール2本買って来てくれたら嬉しい、と返事が来たので、それは私も嬉しい、と返した。
自宅よりも3駅前の駅で降り、駅から歩道橋で地上へ降り、隣接しているスーパーに入ってビールとサワーをカゴに入れた。となりに置いてあるチーズが美味しそうで、少し高いけど豊が喜ぶしいいかと思ってレジを通り、10分歩いて豊のマンションに入った。
鍵を開けると、豊はリビングでノートパソコンを開いていた。私が声をかける前に音で気づいたのか、おかえり、と言いながら顔だけリビングの扉からひょっと出した。
「急に来てごめんね」
テーブルにビールとサワー、チーズを並べて、袋を丸めて結んだ。キッチンの扉にためてある袋たちのところへ丸めた袋を入れて、冷蔵庫を開けた。一昨日作り置いていたビーフシチューがまだ残っていた。
「あ、それ、量が多めだったからまた一緒の時に美樹と食べきっちゃったほうがいいなと思ってそのままなの」
豊がパソコンを閉じて言う。
「そっか、ありがと。じゃあ今日これでもいいかな?」
「全然いいよ。ちょうどお腹すいてたし、温めてすぐ食おう」
うん、と返して、私はタッパーを電子レンジに入れた。ご飯も冷凍にしたのがまだいくつか残っていたはずだった。
ピーピーと鳴った電子レンジを開けて熱くなったシチューと冷凍ご飯を入れ替えてまたあたためボタンを押す。電子レンジだから当たり前だけど便利だよなぁと今更思う。
豊は、やけどするよ、と言いながら熱いタッパーの蓋を開けてくれ、お皿を横に置いてくれた。私は、シチューを皿によそって、またピーピーピーと鳴るレンジから出したごはんを皿に持った。
冷蔵庫の中のトマトとレタス、人参を簡単に千切りにできるピーラーで千切りにし、サラダを作った。
「ごめん手抜きで」
「いや、全然でしょ。おいしいし十分だよ」
そう言って、シチューを口に運ぶ豊を見ているだけで、なんだか一日が報われた気がする。自宅で両親や犬と食べる夕飯も平和だけれど、自分の幸せはここにあるような気がしてならない。
「豊は今日なにしてたの?」