「そうか」
彼女が浩一に積極的に話をするのは、ひさしぶりのことだ。娘は父親につくというが、綾香の場合はむしろ両親に反発し、自分の自立をかんがえる少女なのである。それは彼女がほんらい持っているやさしさを、どこか掘り崩しているような危惧を、慶子は感じていたものだ。
そのとき、廊下まで調理部のパートさんが駆けてきた。
「すみません、店長。お魚のほう、主任さんが外に休憩に行ってるんで」
「調理のオーダーかい? オーケー」
浩一は踵を返すと、三人をふり返った。
「待ってろ、すぐ終るから」
慶子が言い添えた。
「見に行っても、いいかしら?」
「いいよ、調理室の外からなら」
調理室ではさっそく、浩一が大きな鯵を下ろしはじめた。たくみな庖丁さばきで内臓を掻きだし、三枚に下ろす。そのまま斜めに切って、ポリエステルの刺身皿に盛る。ラッピングすると、お造りのできあがりだ。
「パパ、カッコいいわ」
「うちではしないけど、本当はパパは何でもできるのよ。十八歳でこのスーパーチェーンに就職して、いろんな売り場を経験してきたんだから」
つぎは金目鯛の調理だ。これもお造りにするようだ。
「うちにいる時のパパと、ぜんぜんちがうみたい」
「ママの料理も、ほとんどパパに教えてもらったのよ」
「おれも、パパのこと見直しちゃった」
「あなたたちのために、パパは頑張ってるのよ。それを忘れないように」
ふたりがうなづいた。
「ねぇ、あなたたち」
慶子は帰りのクルマのなかで、ふたりにある提案をした。
その日の夜のことだ。
「あなた。こんど週末に休みがとれるの、いつになる?」
「うん。ええと、来週は何とかなるけどな」
「子どもたちが、パパとキャンプファイアーしたいって」
「え……」
週末、一家はママの運転でキャンプに出かけた。高原や温泉地というわけではなかったが、家族の時間がたっぷりとれるオートキャンプである。