「虫よけスプレーを、それと、地面と草むらに噴きつけるやつも」
浩一が言うまでもなく、大輔がすすんで虫除けをつかっている。キャンプの料理は、いつも浩一の担当に決まっている。今夜はオムレツとハンバーグだ。
「火をかこんで食べるぞ。大輔はお姉ちゃんと協力して、キャンプファイアーの準備を頼む」
「ラジャー!」
やがて日が暮れると、ほかの家族もキャンプファイアーの準備をはじめた。
「そうだ、どうせなら」
と、浩一は隣のテントの家族に声をかけてみた。
「いっしょにキャンプファイアーやりませんか。そのほうが炎も大きくて楽しいし。食事がおわったら、ぜひ」
相手は快諾してくれた。
「だったら、食事もごいっしょに。うちはカレーですけど、そっちは凝ってますな。オムレツにハンバーグなんて、キャンプ場で食べてるかたは初めて見た」
「ええ、まぁ。スーパーの店長をやってますんで、調理はプロなんです」
「やっぱりそうでしたか」
という相手を、大輔が紹介した。
「こっち、山下くんのお父さんなんだ。ぼくのパパです」
その声が合図になったかのように、山下くんがテントから飛び出してきた。
「こんにちは! 大輔くんとのサイクリング、楽しかったです」
「そうか。うん、そりゃ良かった」
ややあって、浩一は慶子に言った。
「なんだか、うまく仕組まれたみたいだけど。ありがとう、ほんとに嬉しいよ」
「ねっ、孤立なんかしてないでしょ」
その夜のキャンプファイアーは盛大だった。けっきょく、山下家のそのお隣の家族も合流して、火を囲む輪は十人をこえたのである。
「良かったね、みんなで来て」
その言葉を誰が口にしたのか、火を囲んでいる家族たちの誰もが、自分のものと思ったにちがいない。