9月期優秀作品
『キャンプファイアー』東山はるか
浩一は帰宅すると、すぐに庭の物置に入ってキャンプ用具を点検した。劣化していたテントの自在金具を取りかえ、ポールのへたりを調べた。問題はなさそうだ。つぎに個体燃料の使用期限をたしかめた。ライトの電池はエネループだから、明日までに充電しておけばいいだろう。
おっと、虫除けを忘れていた。明日の朝、コンビニで買えればいいが……。
明日、浩一は家族といっしょに、久しぶりのキャンプに出かけるのだ。スーパーマーケットの店長を務めている関係で、なかなか土日に休みがとれない。父親としての穴埋めをするつもりだ。
ちょうど息子の大輔が、庭でロードバイクの整備をしているところだ。大輔は中学二年生だ。もうそろそろ、キャンプの主役でもいいだろうと思う。
「おい、大輔。お前のほうでもチェックしておいてくれないか、キャンプ用具」
大輔が顔をあげた。しかし何も言わない。
「大輔、こっちも頼むよ」
「パパ、悪いんだけど、日曜に山下くんとサイクリングなんだ。だから、明日からのキャンプは行けないよ」
浩一の反応は、ワンテンポ遅れた。
「え、何だって! みんなで決めてたことじゃないか」
「忘れてたんだよ」
「どうして確認しなかったんだ。カレンダーを計画表にしなさいって、何度も言ってるだろう」
大輔が庭からリビングに上がろうとする。
「おい、ちょっと待て、大輔!」
「……」
「人との約束を守らないということは、その人の時間をムダにすることなんだぞ。いちばん、やってはいけないことだ」
「わかったよ、ごめん」
浩一はその先をあきらめた。
「しょうがない。三人で行くか」
「あ、あたしも」
とリビングで言うのは、娘の綾香である。彼女は高校三年生だ。
「ちょっと、集中的に英文の読み込みをしたいのよね」
「受験勉強か……。キャンプからもどって、集中してやればいいじゃないか。ダラダラやるよりも、気分転換は必要だぞ」
「ダラダラなんて、あたしやってないし!」
口論がいやなのか、綾香が二階に駆け上がった。口論がいやなのは、浩一も同じである。
「じゃあ、中止にするか……」
キッチンにいる妻の慶子に、大声で言った。
「明日からのキャンプ、中止だからな!」