「あら、そうなの」
彼女も熱を感じさせない口調で、どうでもいいように言うのだった。
「仕方がないわね」
浩一は気持ちが塞がるのを感じた。それは孤立感だった。男は家庭に居場所がないとは、よく言ったものだと思うが、さいわい彼には書斎がある。子どもたちを追うように二階にあがった。孤立して少年にもどるのも悪くないと、開き直るしかなかった。
二階の踊り場に近い、綾香の部屋を開けてみた。
勉強していたら励まそうと思ったが、娘は携帯電話で友だちと話をしているところだ。
「なんだ、勉強なんかしてないじゃないか」
「もう! ノックぐらいしてよ」
「あんまり長電話はするなよ」
「わかってるわよ!」
気がつくと、書斎で読もうとした新聞を階下に忘れてきていた。苛立たしく階下におりると、妻の慶子が待っていた。
「あなた、ちょっと叱りすぎよ」
「親が叱らないで、だれが叱ってくれるんだよ」
「あなたがいつも言ってるじゃないの。おれはパートさんを褒めて使ってるから、定着率がいいんだって。みんなが積極的なのは、職場が明るいからだって」
「うん」
「そんなことだから、男は外では聖人君子、尊敬される大人物、家では亭主関白か粗大ゴミって言われるわけよ」
「粗大ゴミはないだろ」
「あなたがそうだとは言ってないわ。それに子どもたちだって、家族よりも友だちが大切になる年ごろなのよ。あなたは子どもたちが話しかけても、なにも聞いてないじゃないの」
「そりゃ、疲れてるときもあるさ。おれにとって家は休息の場なんだから」
「自分から話しかけたの、ずいぶん久しぶりじゃない? 家に帰ってひと眠りしたら、本を読んだり帆船の模型をつくったり。部屋に籠っちゃうんだもの」
「そう言うけど、あの模型だって大輔のためにと思って買ってきたんだぞ」
「大輔は歴史ゲームのほうが好きだから、いっしょにゲームをやってみたら? ああいうのって、歴史に興味をもって調べたりするから、悪くないと思うんだけど」
「ああいうのはダメだ、おれ。やるなら帆船の海戦ゲームとかだな」
「ほら、接点が少ないわけよ。話しかけるときは、叱るときだけなんて」
「だからキャンプに行こうって計画したのに、それなら、おれ、父親失格かぁ。孤立してるってわけか」
慶子が首をふった。
「そんなことないわよ。今回は、たまたまだったのよ」
「そうかね」