てんちゃんが死んだ後、母は私と二人だけになってしまって、途方に暮れた。明るかったてんちゃんを失った後の家で二人で暮らしていくのだというイメージがうまくできないままここまで来ている。父親が亡くなったときは、それほど落ち込まなかったのにね、と母親は自分で言って、それでも力なく笑うのだった。
点が無くなって、私は行き場なく止め処なく流れていくだけの線になった。どんどん時間だけが流れて、線が間延びしていく。終わりはどこにあるのだろうか。
もし本当に私の方が点という名前を与えられていたら、そこから何かが生まれてくることもあったかもしれないな、と思う。点さえあれば、線は誰でも引くことができるのだ。
物心つく前に家族を失った私より、一人の人間として愛した人と、自分の半分で出来ている命を失くす目にあった母親の方が辛いだろうと思い込んだ私は、いつからか母親の人生をこれ以上邪魔しないように生きると決めていた。
そんなことを母親が望んでいないと気づいたのは最近になってからだ。東京の大学に行くことに決めた、と告げると、母親は笑顔でそうか行って来い!と言ったあと、ついに私一人だね、と言って静かに泣いた。いつかそうなるとわかってはいたんだけどね、と言って涙をこぼすのだった。
「あの家、まだ住んでる?」
「住んでるよ。もう一生出られないんじゃないかって錯覚するくらい住んでるよ」
私たちが住んでいるのは市営団地だった。父が死んだ後、家計が苦しくなって引っ越した家。私たちが住み始めたときにはもう色褪せていて、今もっと色褪せている団地。
「私はあの家好きだったけどな」と妹は言った。「いっぱい家が集まってて」
「今はもう住んでる人少ないんだよ。みんなどんどん引っ越しちゃうんだよ。ああいう家は、仮住まいなんだよ。昔から住んでるのはうちくらい」
夜中、自分の部屋から窓を開けて中庭を覗き込むと、驚くほど部屋の明かりがまばらになっていることに気づく。団地のくすんだの街灯が、くすんだ建物を照らしている。
「そっかそっか」
妹は、好きだったんだけどなあ、あの感じ、と呟きながら目を細めた。みんな出て行っちゃうもんなんだ。あんなにたくさん人がいたのにね。そういうものなんだ。
「でも、新しく来る人はいないの?」
「あんなぼろぼろの市営団地に、好んで新しくやってくる人はほとんどいないよ。戦後の団地のストック化って、結構問題になってんだよ。空き家だらけになってどうすんのって」
そうなんだー、とてんちゃんは寂しそうに言った。
私は思わず、あの部屋で一人団地と一緒に歳を取っていく母親の背中を思って胸が苦しくなる。
「川の上の方にある、水が湧いてくるところみたいなもんだ」と、てんちゃんは言った。