皿を置くと、紗希は黙ってご飯を食べ続ける。下を向く紗希の視線の先に、資料をめくる夏美の色気のない指先が見える。
「最初の一年くらいなら、なんとか出せるかなって」
夏美は真面目な口調で言った。
「もちろん生活費も含めて」
「じゃあなに? 二年目からはバイトで学費と生活費? 外国で?」
「奨学金もあるって、確か……」
夏美がパンフレットのひとつを取り、スカラーシップのページを開く。
最後のご飯粒をつまみ口に運ぶと、紗希はワカメスープのお椀を持つ。急に母親面する夏美がムカついた。
「留学生用の奨学金でしょ。それから経済的に援助の必要な生徒の――」
「いい加減にしてよ」
お椀の中の水面が揺れる。
「これまでさんざん見捨てといてさ、なに? ここに来ておススメの大学? 学費も一年出す? だったらそのお金、今頂戴よ。そのお金があれば英会話だって、友だちと卒業旅行だって、バイトしなくたっていいじゃない。おかげでね、みんなより遅れてんのよ、わたし。勉強も、ファッションも、話題も、全部、全部!」
ちらっと、紗希は視線を上げる。夏美はじっとパンフレットを見つめている。それから顔を起こして紗希と目を合わせると、無理に笑顔を作った。頬が少し赤く染まっている。
スープを飲み干す。咳き込みそうになるのを、紗希はぐっと堪えた。
「そんなわたしがどうやって、こんな大学に行けるんですか。海外で生活できるんですか」
「紗希ならできる――」
「できるわけないじゃない」
「英語だって紗希――」
「わたしは夏美さんじゃないんです」
立ち上がると、勢いよく椅子が床に倒れた。予想外の音に、でも動揺している自分は見せたくなくて、紗希はそのまま箸と食器を乱暴につかむ。
「夏美さんじゃないんです」
夏美の食器が、流しのたらいの中に浸かっている。自分の食器くらい自分で洗おうと思ったが、いいわよと声をかけられそうで、紗希はそのまま自分の食器もたらいの中に放り込んだ。
「紗希はわたしなんかより、ずっとずっと強いじゃない。強くなったじゃない。わたしはダメでも、紗希ならできる。紗希なら絶対できるって」
逃げるように通り過ぎ、紗希はトイレに駆け込む。期待なんて、これまでちっともかけてくれなくて、なにを今さら「できる」なんて。
「鬼!」
流れる水の中に紗希は叫ぶ。
鬼! 鬼! 鬼!