「うん。前から思ってたんだ。やよちゃんは、三月三日生まれのやよいちゃん、僕は五月五日生まれのさつき君。こんな分かりやすい日に生まれた二人の記念日は、間をとって四月四日がいいんじゃないかなって。…どうかな?」
変な提案。でも、さっちゃんらしくて、私は好きだ。
「…いいね、素敵だね。そうしましょう。明日から、私たち夫婦になりましょう。…改めて、よろしくお願いします。」
さっちゃんは泣き虫だし、頼りないことが多いけど、私がいいなって思うことをどんどん実行に移してくれる。きっと私たち、一緒になるべくしてなったんだね。そうでしょ、「マサフミ」さん?
仏壇に飾ってある、おじいちゃんの遺影と目があった。少し風が吹いた気がした。
四月四日 晴れ
僕たち二人は婚姻届を出して、マサフミさんのお墓に向かった。やよちゃんと入籍したことを、きちんと報告するために。
実は、マサフミさんが倒れて入院している間、僕がお見舞いに行く度に、やよちゃんに内緒で古本屋の経営のイロハを教えてもらっていた。
「この古本屋を継ぐのはやよいさんでしょ。僕はただのバイトですよ。それにマサフミさんには、早く退院して復帰してもらわないと。」
何度僕が言っても、買取や値付けの方法から、古書組合や商店街の人との付き合い方まで、面会の度に話続けてくれた。
季節はいつの間にか夏から秋に移っていた。あの日は、マサフミさんに最近僕が始めたネット販売の売れ行きについて報告していた。一通り僕の話が終わると、彼は唐突に「店もやよいも、よろしくな。」と言った。それは消えてなくなってしまいそうな声だった。
その日の夜、マサフミさんは死んだ。「よろしくな」と言った彼の声が、僕の耳からずっと離れなかった。
何故あなたが、大切な自分の店と孫娘を、バイトの僕なんかに託したのか、やっぱり今でも分かりません。でも、あなたの最後の言葉を受け止めた今、僕はようやくあなたと家族になれた気がします。ありがとう。
これからも僕はやよいさんと、あなたの大切な店と共に人生を歩んでいきます。家族として、見守ってて下さいね。
「もー、さっちゃん。いつまで手合わせてるの?おじいちゃんは、願い事は叶えてくれないのよ。」
「ごめんごめん。じゃ、行こっか。そろそろお店開けなきゃね。」
風が吹いた。そっと二人の背中を押した気がした。