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『真冬のセキレイ』大川タケシ


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 一枚の写真がある。青い空と、富士山の映った写真。風景をそのまま映しただけの、何の工夫もない写真。
 父が遺した風景写真と、アングルが似ていた。
 赤いデジカメに保存されている写真はいくつもある。そのほとんどに既視感がある。過去にぼくが撮ったものだ。
 それにしても、父のデジカメに残されている写真と構図が似ている。
 偶然ではない。明らかに父は、ぼくが撮ろうとして失敗した写真の構図を真似ている。
 真似て、上手に撮影している。
 何度も失敗したセキレイの写真が、赤いデジカメの中に残されている。

 父の撮ったセキレイの写真は、ぼくの追い続けた理想に近い。
 水彩絵の具を塗りたくったような黒と灰色のコントラスト。小さな羽を精一杯に広げた、瞬間の姿。小さな可愛らしいセキレイが、重力に抗おうとする力強いその一瞬。
 ぼくの目に映る一瞬を、父の写真は確かに切り取っていた。
 学生時代に赤いデジカメで撮った出来の悪い写真。それに近い被写体を選んで、父は撮影していた。
 どうして、同じ構図にこだわったのだろう。
 風が強く吹いた。風の音に混じって、口笛のように甲高い鳴き声が聞こえる。
 駐車場から展望台に向かった。そこから摩周湖を一望できる。山間に隠された神秘の湖。枯れた木々は真っ白い雪の花を咲かせている。
 ぼくは赤いデジカメを構えた。
 どうするんだっけ。
 構えてから、途方に暮れた。良い写真の撮り方なんてぼくにはわからない。セキレイの写真一枚も撮れないままカメラに触れることをやめてしまった。それでも昔の撮り方を思い出そうとした。
 右手の人差指をシャッターに添える。左手は手首を返し、逆手で持つ。手ぶれしないよう、わきを締める。
 空気の冷たさを感じなくなった。風が止んだ、気がする。意識を研ぎ澄まして、レンズ越しの風景に集中する。
 湖面の青と空の青。真っ白の雪。セキレイの鳴き声がする。
 シャッターを押した。
 ほんのわずかに考え込むような間を空けて、ピッと短い電子音が鳴った。
 保存された画像は、何の面白味もなかった。真っ青な湖をただ移しているだけの写真。セキレイなんて、写っていない。
 今のぼくにできる精一杯の写真。
 父も同じ景色を見たのだろうか。同じように感じたのだろうか。
 この美しさを、感動を、誰かに伝えたいと思ったのだろうか。
 だとしたら、誰に?
 セキレイの写真が脳裏をよぎる。

 北海道から戻るその日、ぼくは本屋に立ち寄ってカメラの本を買った。もう一度勉強し直そうと思った。父と同じ、美しい写真が撮れるように。

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