ぼくの知らない撮影技術を、父はたくさん知っていた。だからこれだけ美しい写真の数々を撮れたのだろう。
ひょっとしたら父は、ぼくに伝えたかったのかも知れない。だから教えるつもりで、かつてのぼくが固執していたセキレイの写真を撮ったのかも知れない。
子に何かを伝えようとする。それではまるで普通の父親だ。
ぼくが反抗していた、家庭を顧みない親父の姿ではない。
不干渉の父と、反抗的な息子。
掛け違えたままのボタンを、ぼくはそのままにしていた。父は直そうとしていたのかも知れない。カメラに熱中するぼくに、何かを伝えたようとして。
父が逝ってしまった今では、もう確かめようもないけれど。
ぼくが躍起になって撮影しようとした、セキレイの写真。父が撮影した、ぼくの理想とするセキレイの写真。
真っ赤な色のオモチャみたいなデジタルカメラ。
美しいセキレイの写真。
父がぼくに与えてくれた、たった二つの贈り物。
いつかぼくに息子や娘ができた時、何かを教えたい相手ができた時、うまく伝えることができるだろうか。
いつか、真冬のセキレイを撮れるようになれるだろうか。
東京に向けて飛行機が動き出す。雪に覆われた大地が遠ざかって行く。窓から見える景色がすぐに小さくなって、空の青さしか見えなくなる。
目を瞑り、寡黙な父の背中を想った。
空の上で、ぼくは少しだけ泣いた。