9月期優秀作品
『真冬のセキレイ』大川タケシ
セキレイの尾が揺れている。
黒い尾羽でリズムを刻むように、上下に三回、四回。
枝に留まるセキレイが、首を少しだけ振った。
飛ぶ――カメラのシャッターを押した。
ピッ、と短い電子音が鳴る。
畑、枯れ木、羽ばたくセキレイ、夕焼雲と森の木々。
ぼくの目に映る一瞬が、レンズを通して永遠に切り取られる。
今のは上手く撮れたはずだ。
逸る気持ちを抑えてデジタルカメラを操作した。保存されている写真を確認する。しかし、そこにセキレイの姿はない。何も映っていない。画面に映るのはただ灰色。延々と灰色の空が続く。手にした赤いデジカメまで、灰色に見えてきた。視界が霞む。何もかも灰色。セキレイはどこにもいない。いるはずがない。これは夢だ。
スマートフォンを握ったまま、眠っていたらしい。
液晶に表示された時刻は五時十二分。窓の外はまだ暗い。寒さに身震いして、ぼくは再び布団にもぐった。
さっきまでの夢を思い出そうとする。霧でも掛かっているように、そこにあるはずの景色が見えない。
たしか……赤いデジカメが出て来た。
中学一年の時、父親に貰ったものに似ている。メタリックレッドのオモチャみたいなデジタルカメラ。型落ちのセール品で、性能も悪かった。
実家に泊まっているから、昔のことを夢に見たのかも知れない。
それとも父が急逝して、感傷的になっているのか。
ぼくは赤いデジカメのことを考えていた。
生前の父に貰った、唯一の贈り物。
あのカメラはどこにあるのだろう。
生前の父とぼくの関係は、良好とは言えなかった。
父は仕事人間で、家庭を顧みることがなかった。いつも出張で家を空けて、家事も育児も母に任せきり。たまに帰って来ても酒を飲んで眠るだけ。
ぼくのすることに何も口を出さない。甘やかしはしないが、厳しいことも言わない。
学校で良い成績をとっても、悪いことをして担任に呼び出されても、父は何も言わなかった。受験勉強で苦しんでいる時や進路で悩んでいる時ですら、父はぼくに何の関心を示さなかった。
実家で十八年暮らしていたが、会話の回数を思い出せば両手の指で足りてしまう。ぼくらは親子と言うより、血の繋がりがあるだけの他人同士だった。