そんな父が、子供の頃に一度だけ誕生日プレゼントをくれた。
十三歳の誕生日、その翌日だったと思う。
「ゆきひろ」
名前を呼ばれて、ぼくはマンガから顔を上げた。
「なに?」
聞き返すと、父は黙ってその箱をぼくに投げた。
プレゼント用の包装もしておらず値札すら剥がされていない。型落ちの在庫処分品で九千円。手のひらに収まるほどに小さい、真っ赤なデジタルカメラ。
喜ぶよりも驚いた。それまで父から贈り物をされたことなんてなかった。誕生日プレゼントを貰えるとは思ってもいなかったから、ぼくは「ありがとう」の一言も言わなかった。
初めて触ったカメラで、最初は自分の部屋を撮った。
マンガの表紙、乱雑な勉強机、窓の外に見える駐車場。外に飛び出して道路を撮って、流れる雲を写真に収めて、枯れる木の葉にレンズを向けた。
自分の目で見た世界。レンズを通して見た世界。写真に閉じ込められた世界。そのすべてが違って見えた。ぼくは夢中になってシャッターを押した。
飽きるまで風景を撮ると、次の被写体として野鳥を選んだ。ぼくが育ったのは静岡の市街地だが、意識して探せば野鳥はたくさん見つかる。
まずはハト。神社や駅前で見掛けるようなネズミ色のドバトと、林の近くには羽の模様が美しいキジバトがいる。それからカラス。街にいるのはハシブトガラスで、野山に近付けばハシボソガラスがいる。見た目はそっくりだが、良く観察するとクチバシの形が違う。他にもスズメ、ツバメ、ムクドリ。浜辺に行けばトビやチョウゲンボウも見られる。コツさえ知っていれば、野鳥を探すのは難しくない。
多くの野鳥の中で、ぼくはハクセキレイに心を奪われた。
黒い頭に白い身体、ところどころに灰色が混じる小さな鳥。
オスの背中は黒っぽく、メスは灰色が目立つ。モノトーンの混ざり合う様が水墨画のようで美しい。
体長はスズメの倍くらいで、スズメと同じくらいすばしこい。地面をちょこちょこ走り回っていたり、木の枝や電線に止まっていたかと思うとフッと翼を羽ばたかせて飛んで行く。
セキレイは立ち止まっている時、尾を上下に揺らす。
揺れる尾を見ながらカメラを構えるが、何しろ安物で性能が悪い。飛ぶ瞬間を狙ってシャッターを押すと間に合わない。呑気なカメラは「ピッ」と電子音を立てて、ほんの一瞬だけ考え込むような時間を置いてから写真を保存する。その一瞬で、もうセキレイは飛び立ってしまう。
小さな鳥の場合は特に、予備動作から飛び立つまでが速い。
セキレイの小さな羽を広げた瞬間を捉えるのは、至難の業だった。
絶対に羽を広げた一瞬を撮ってやる。