どこまでも広がる氷の平野を、鹿の群れが走っている。
写真を撮りたいな、と思った。カメラバックは後部座席だ。
この美しい景色を、誰でもいい。誰かに教えたい。
北海道の道は、どれだけ走っても驚きの連続だった。
どこまでも山の中、森の木々と積もった雪に田園風景。いたるところに雪の平原が広がっている。北海道のほとんどは自然なのだと改めて思った。この自然を切り拓いて街を作り、街と街を繋げるために山の間に道路を敷いた。
自然を壊して開拓するのは悪事のように語られることが多い。山や森を消してマンションにするのが正しいとは思わないけれど、自然はいつだって生と死が隣り合わせだ。雪と氷の世界では簡単に命が奪われる。極限状態の中でも生きていられるように、この大地に人間の世界を築いた。少なくともぼくの目には、人が生き抜こうと足掻いた痕跡も自然と同じように美しく見えた。
この美しい景色を、ぼくが観たものを、誰かに伝えたい。
ぼくは車を停めて、青空と雪化粧の山々を写真に撮った。伝える相手もいないのに、たくさんの写真を撮った。
この光景を、父も見たのだろうか。
摩周湖に続く山道に入る。山道といっても木々が鬱蒼と生い茂っているわけでもなく、斜面を削って作られた道路が山の中腹に向かってうねうねと伸びている。
『目的地周辺です。お疲れ様でした』
カーナビが到着を告げる。摩周湖第一展望台の、広い駐車場。
車で上がって来た山道を振り返った。
振り返った、ぼくの背後には何もない。人工物は何も目に入らない。太陽と空と、山だった。地平線を埋め尽くす山の稜線と、圧倒されるような空が広がっている。阿寒岳も見える。遠目に見ると、やはり富士山にそっくりだ。
ぼくは父のカメラを構えた。風景をファインダーに収めてシャッターを押す。
「……あれ」
グッ、と強くシャッターを押し込む。何の音も鳴らない。液晶の右上で、電池マークが点滅している。そのままカメラの液晶が消えてしまった。電源ボタンを押しても、もう電源が入らない。
「そういえば、充電してなかったな……」
独り言を言ってから、ぼくはカバンの中に入っている赤いデジカメを思い出した。あのデジカメは単三電池式のはずだ。コンビニまで戻って電池を買えば、撮影ができる。
とはいえ、オモチャ並の性能しかないカメラで撮る写真なんてたかが知れている。
カバンの中から赤いデジカメを取り出した。所々塗装が剥げて、傷だらけのデジタルカメラ。
「これを使うくらいなら、スマホの方がマシだよなぁ」
何気なく電源ボタンを押した。小さな起動音と共に、液晶が点灯した。
電池が残っている。
ぼくがこれを使っていたのは、もう十年も前だ。そのまま電池が残っていたとは思えない。
カメラに保存されている写真を開く。