父が使っていたのは、雪のように白いカメラ。主流の薄くて小さいデジタルカメラではなく、デジタル一眼レフ。大きさは両手でつかんでちょうど良い。
電池カバーのロックを手探りで外す。カチッと小気味よい音を立てて電池カバーが開いた。充電式のリチウムイオン電池が入っている。試しに電源を入れてみると、小さな起動音と共に液晶に光が灯る。充電はまだ残っているようだ。
「親父、写真なんか撮ってたんだな」
考えてみれば、父のことをほとんど知らない。
仕事人間の父は出張ばかりで、幼い頃から家に居る姿をほとんど見なかった。家のことは母に任せきり、一人息子のぼくにも無関心。
普通の家族はお互いに想い合うのだろうが、ぼくらのような家族もいる。
父の急逝を聞かされた時も――薄情だとは思うけれど、涙は出なかった。
ぼくと父の絆は希薄だ。
絆なんてものがあったとして、だが。
「アンタが産まれる前はね、けっこう趣味で撮ってたのよ。その熱が再燃したのか知らないけど、急にまたカメラを買って来てさぁ。五年くらい前かなあ」
昔を懐かしむように母が言った。
「親父が、写真ねえ」
カメラを操作して保存されている画像を確かめる。
道端に咲いているつつじ、河原を流れる桜の花びら。夕焼けの街並み。満天の星空を写したものもある。夜間の撮影は光が少ないから難しい。父に撮影の技術があったのか、それともカメラが優れているのか。撮られている写真は美しいものばかりだった。
寡黙の鉄面皮、父のイメージはそれしかない。そんな父がカメラを持ち歩いて、心を動かされた時に構えるのだろうか。わざわざ夜に宿泊先を離れ、星空にレンズを向けるのだろうか。
ぼくの中の父親像とは一致しない。
親父は頑固で、寡黙で、仕事以外には何の関心もない。
ずっとそう思っていた。
保存されている写真を眺める。
たくさんの写真の中に、セキレイの写真が一枚だけあった。
枝に止まった小さなハクセキレイが、羽を広げた瞬間を捉えている。小型の鳥は動きも素早い。飛び立つその瞬間を撮影するだけでも困難なのに、手ぶれもピンボケもしていない。薄墨のような風切羽までハッキリと写った美しい写真。
ぼくはその一枚に惹きつけられて、ずっと眺めていた。