渚はリボンの付いたベージュの袋を私に見せた。
「支払いは?」
「これは特別な人へのプレゼントだから、自分で払いました!」
それは、決して普段の私との会話では見せることのない笑顔だった。
「プレゼントは、自分で買わないとな……うん……確かに意味がない……」
私は力無く返した。
家に着くと疲れがどっと出てきて、倒れ込むようにしてソファに身を預けた。
「慣れないことするからよ」
真理子が冷たい麦茶の入ったグラスを手渡してくれた。自分でも忘れていたが、どうやら相当喉が渇いていたようで一気に飲み干した。
「疲れた……」
「けど、渚は喜んでたから良かったじゃない。たまには父親らしいことしないとね!」
「喜んでくれたなら良かったが……」
私は天井を仰いだが「父さん!」と呼ぶ渚の声に咄嗟に姿勢を正した。
「明日、ちょっと送ってくれない?」
「ああ。いいけど、何処へ?」
「近くよ。ちょっと会わせたい人がいるの」
「会わせたい人って誰だ?」
「いいから!じゃあ、明日お願いね!おやすみ!」
それだけ言い残すと、渚は階段を駆け上っていった。
この段階で父親を紹介するのは早すぎるのではないか。もう少し心の準備をさせてもらいたいというのが、正直なところだ。彼氏がいることさえ報告してもらってない。どこの誰で、どんな人間かという最低限の事前情報くらい持っておきたいものだ。
こうして、眠れない妄想地獄の長い夜が始まった。
年齢は十三歳から四十二歳まで。高校生だけではなく中学生や芸能人、挙げ句の果てには妻子のある男まで……多種多様な妄想が一晩中浮かんでは消えていった。くだらないことを考えるのはやめよう、そう思えば思うほど思考が研ぎ澄まされるのだった。
自分の思考が生み出す見えない敵との戦いは明け方まで続いた。
朝六時。すでに台所には真理子が立っていた。
「おはよう」
「おはよう。早いわね」
「ああ、早く目が覚めてな」
新聞が無いと、どうも居心地が悪い。私はソファに座ってテレビをつけた。
「何時に出発予定だ?」
「さあ。昼前くらいじゃない?ランチするみたいに言ってたから」
「ランチ?誰に会うか、お前は知ってるのか?」
「私も知らないわよ」