9月期優秀作品
『妄想彼氏』ウダ・タマキ
ここ最近、一人娘の渚の様子がおかしい。この春に高校二年生となり、夏休みに入ると髪の毛を明るく染め始めた。ろくにクラブ活動をしている訳でもないくせに、毎日出掛けては日が暮れても帰ってこない。週に何日かは晩ご飯をキャンセルすることだってある。
これは、もしかすると彼氏などという者の存在が疑われる。このモヤモヤとした気持ちは、娘を持つ父親の嫉妬というやつなのだろうか。いや、嫉妬だけではない。年頃の娘にそのような兆候が見られることへの喜び。いや、ひょっとして悪い男に騙されてるのではないかという不安。よくも大事な一人娘を、という怒り。不覚にも私の中で様々な感情が入り乱れ始めているのだった。
内にも外にも私は厳格な父親として通しているつもりだ。たとえ娘に彼氏ができようとも、動じることなどなく「ドン」と構えているような父親像。あくまでも主観的イメージだが……きっと周りの人たちからもそう見られているはずである。
「親父、渚に彼氏ができたかも知れない。娘がいなかった親父には、この気持ちは分からないだろうけど……とにかく見守っていてくれ」
私は仏壇に手を合わせた。親父こそ厳格な父親像の象徴で、無駄な話は一切しない寡黙な男だった。
「何をブツブツ言ってんの?」
仏壇に手を合わせる私の背後で、妻の真理子の声がした。
私は慌てて振り返り「お、朝ご飯か?すぐにいく」と、誤魔化しながらその場を離れた。
同じ女性同士、妻ならば何かしら情報を握っているはずだが、厳格な父親である私からそうゆうことを聞くのは気がひける。
よく困難に直面すると親父だったらどう行動するのだろうか、と考えることがある。厳しくて恐い父親だったが、私が描く理想の父親像であり、常に的確な判断を下してくれた。
「渚、お前、彼氏でもできたのか?構わないけど勉強が疎かにならないようにな」
と、朝食の時にでも新聞を読みながら、スマートに尋ねるのだろう。なるほど、目線を新聞に向けて顔を隠せば、スマートに聞ける気がする。
しかし、すぐに残念な事実を思い出した。
まず、夏休みの渚とは朝食の時間が合わない。朝食に限らず、ここ最近で一緒にテーブルを囲んで食事をした記憶すらない。
もう一つの事実。数日前に妻が新聞を解約したことだ。「スマホで見ればゴミも出ないでしょ」という言い分だった。「なるほど、エコでいいな」と、感心した自分が腹立たしい。まさか、スマホを見ながら食事など威厳も何もあったものではない。
様々な考えを頭の中に巡らせながら朝食を済ませたので、味が殆ど分からなかった。
「トーストに何もつけずに食べてたけど、それで良かったの?」
「あ、あぁ。健康に気を付けないとな。渚はまだ寝てるのか?」