「部屋で出掛ける準備してるみたいよ」
最近、肌の手入れか何か知らないが、化粧水やら日焼け止めやらを顔に塗りたくっている。そのくせ、夜中にカップラーメンやチョコレートを食べたりすることに矛盾を感じてならない。
「いってきます」
平静を装って家を出たが、私の胸中は穏やかではない。
駅までの移動中、満員電車の中、取引先との電話中、上司に叱られている最中。たかが女子高生の恋愛如きで、何をしてる時にも心ここに在らず状態の私であった。
「先輩、最近大丈夫ですか?なんか仕事が手に付かないようですけど」
「え?そうか?そんなことない、大丈夫さ」
今の私は、周囲からも仕事に身が入っていないことが見抜かれてしまう状態のようだ。
「そう言えば、佐々木くんのところも娘さんいたよね?今いくつだ?」
「今、中二ですけど。どうかしました?」
「いや、仲良くしてるのかと思ってね」
「うちは基本、フランクな感じですから。仲良いですね。何でも言い合える関係ですよ」
「そうか、それならいいんだ。そうか、フランクな感じか……」
帰宅すると下駄箱の上にオットセイだかセイウチだか分からないが、何やら海獣系のぬいぐるみが置かれていた。食卓では妻と渚が楽しそうに話をしている。
「おかえり!」
「ただいま」
「玄関のぬいぐるみ、見た?渚が水族館へ行ってきたんだって」
「そうか、水族館か。夏は涼しげでいいな」
私は自分の口にした返答を悔やんだ。ここは「デートか?」と、自然な流れで聞く絶好の場面だった。
「ご飯にする?」
「ああ」
手洗いを済ませ、食卓へ戻ると既に渚の姿は無かった。
「渚は?」
「部屋に戻ったわよ」
「冷たい奴だなぁ」
「年頃の女の子は、父親に対してそんなもんでしょ。私も高校の頃はそんな感じだったし」
真理子が味噌汁を汁碗に注ぎながら言った。
「それにしてもなぁ……」
「……父親としては寂しいもんだぞ」と続けたかったが、グッと言葉を飲み込んだ。
最近、ますます私と渚の距離は離れているように感じるのだった。これも彼氏の陰謀だろうか、などとくだらない妄想が相変わらず頭の中に湧いてくる。