「きゃん、きゃん」
サークルの中では、たんぽぽがしきりに鳴いている。
「あの子に何かあったら、私……ええ、分かった。もう一度探してみる。それで、見つからなかったら警察に連絡してみるわ」
「分かった、俺もすぐに帰るよ」
「うん、待ってる……それじゃあ、気をつけてね」
彼女は電話を切ると、玄関に足を向けた。
その時だった。廊下に、がちゃりと音が響きわたると、ドアの向こうに司が立っていたのだ。
「司!」
司は小さく震えている。茶色の紙袋を、大事に胸に抱きしめていた。
「ごめんなさい……」
涙で濡れた声を絞り出しながら、不安そうに謝った。ママは息子を両腕で引き寄せると、力強く、そして優しく包み込んだ。
「どこに行っていたの? 心配したんだから……」
「ごめんなさい、あのね……」
司は今までの経緯をママに説明した。
クラスメイトの西野くんに、犬の知識を色々と教えてもらった事。そこで、フィラリア症という、とても怖い犬の病気がある事を聞いた。たんぽぽと自宅に帰った後も、病気の事が気になって、何も手につかない。季節もちょうど夏だし、たんぽぽはまだ仔犬だ。もし、蚊にさされでもしたら……司はいても立ってもいられず、今まで貯めたお金で、犬用の蚊よけを買いに外へと出た。パパと車で行った事が何度もある、ペットショップだ。
そこは車で十五分程の道だったが、自転車ではひどく遠く感じた。住宅やお店や看板を見ながら、記憶を頼りに自転車のペダルを必死にこいだ。
だけど、車内で見た景色はぼやけていて、記憶が曖昧な所ばかりだった。行き帰りと、司はすっかり迷子になってしまった。
彼が説明している間も、たんぽぽは必死に鳴き続けている。司とママは、その声に引き寄せられるように、リビングに向かった。
司の顔を見ると、幼い妹が小さな尻尾をぶんぶんと振っている。
「たんぽぽは、僕の妹だから、僕が……守るんだ」
サークルの中から、たんぽぽを抱き寄せる。そうすると、頬を何度も何度も舐めてくれた。水晶みたいな大粒の涙が、司の頬からぽろぽろと零れ落ちていった。
「たんぽぽ……心配かけてごめんね。お兄ちゃんがね、良い物を買ってくれたわよ。良かったわね」
ママが月の光のような、やわらかな声で言った。それから、司の顔を見てこう続ける。
「でもね、司。こんな時間に、遠くまで行っちゃ駄目よ」