9月期優秀作品
『ぼくの妹』鑑佑樹
司がカギっ子になったのは、昨年の夏に両親がローンでマイホームを購入してからのことだった。黒いランドセルをゆっくりと揺らしながら、慣れた手付きで鍵を回す。小学校三年生にしては小さな身体は、夏の日差しが堪えるようで、額に玉の汗を滲ませている。
「ただいま」
薄暗い廊下に、司の声が響く。誰も居ないと分かっていても、つい癖で言ってしまう。言わないといけない気もするし、なぜか言うと安心する。
リビングに行き、ランドセルからプリントを取り出す。飛ばされないように、白い犬の重りを乗せた。番犬のように座る姿は司のお気に入りだ。いつも親に見せる物は忘れないようにテーブルに置いておく習慣だ。明日から夏休みになるから、たくさん出ている。プリントを確認しながら、司はテーブルに昼飯の支度がされていないことに気がついた。
「あっ!」
そういえば「暑くなってきたから、これからご飯は冷蔵庫に閉まっておくわね」と、ママに言われていた事を思い出した。木製の踏み台にぴょんと飛び乗ると、冷蔵庫を空ける。それから、冷たい麦茶を取り出して、レンジで暖めたスパゲティーをテーブルに置いた。
慣れない内は、お皿を割ったりもしていたが、今では手際よく出来るようになった。
時計が時を刻む音に紛れ、食器とフォークがこすれる音だけが頼りなく響く。
「夏休みか……」
司の口元から、ふいに言葉が漏れた。
明日から、宿題でもしようか? でも、初日からは嫌だなぁ。そうだ。夏休みスペシャルのアニメを見て、ホームセンターで、カブトムシを見にいこう。
それから……。
「……どうしようかなぁ」
待ちに待った夏休みなのに、なぜか心がモヤモヤする。
司は気がついた。
僕は、夏休みに何をしていいか分からないんだ。それに、なんだか毎日が楽しくなくて、色鉛筆の灰色だけで塗った絵みたいに、味気無い。
室内はとても静かで、広く感じられた。
外の闇が色濃く染まる。時計の針は夜の十一時を回っていた。