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『葦刈の恋』山下信久


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 その夜、父が「別れてくれ」と切り出した。
「誰でも失敗することはあるわ」
「ダメな人間なんだ。僕は」
「何言ってるの。たくさんのライバルの中から私を射止めたでしょ」
 話が深刻にならないように母は、努めて軽い口調で言った。
「このままではみんなダメになってしまう。暮らしは貧しくなるばかりだし。一緒になったのが間違っていたのかも。別れた方がお互いに道が開けるんじゃないかな。君は美人だし、頭はいいし」
「何言ってるの、バツイチの子連れに運が開けるわけ、ないじゃないの」
 明るく言おうとした母だが、涙声になっていた。
「楽な暮らしじゃないって覚悟して、死ぬまでそばにいようと決めてたの。
 でも、あなた一人ならばいいこともあるってお考えでしたら、別れるのも仕方ないわ」

 秋の日は釣瓶落とし。母の昔語りを聞いているうちに、西の空のいわし雲があかね色に染まっていた。
「さあ、買い物して晩ご飯作んなくちゃ。どう、残り少ない我が家での夕食、高子、あなた作ってみる?」
「そうね」
「その前に おみくじ引いていきましょ」
 私は大吉を引き当てた。
「見せて。見せて。出産は……安産。産後も順調。いいわね」
「気が早い。母さんと違って、できちゃった婚じゃないのよ。母さんは引かないの」
「うん。いいの。別れた後に、おまえを背負って途方に暮れて、ここでおみくじを引いたの。小吉。願い事は、長く願いつづければ叶う。縁談の欄には、初めの話はやぶれますが、後の話は早くまとまるでしょう、って書いてあった。それから宝くじを一枚だけ買い続けてきたの。さ、買い物、買い物」

 披露宴の配席も決まり、引き出物の準備も整った晩秋の日、母を日帰り温泉に誘った。電車とバスを乗り継いで隣県の山あいの小さな温泉へ。雨天だったので利用客は少なかった。
「ねえ、母さん。背が高くなるように『高子』なの。それなら、望みはかなったわね」
 ぬるめの湯の中で母は笑った。
「あの人が名付けたの。愛読書だった『伊勢物語』に、主人公の男が天皇の奥さんを奪って駆け落ちする話がある。そのお妃のモデルとされるのが藤原高子(たかいこ)。あの人、『たかいこ たかいこ』って言いながら、よくおまえを両手で掲げて遊んでいたわ」
「やんごとなきお姫様か。それなら、普通のサラリーマンに嫁ぐんだから、望みは叶わなかったわね」
 また、母は笑った。
「この間、最初の父との馴れ初めは聞いたから、今日は今の父さんとの馴れ初めを教えてよ。高校の同級生だったことは知ってるけど」
「高校一年の時に同じクラスだったけど、押しが強くて『俺様』タイプだったから、嫌な感じって思ってたの。私は文系であなたの父さんは理系。二年生からは別のクラス。ほとんど口も聞かなかった」

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