9月期優秀作品
『葦刈の恋』山下信久
ほんとのことを言うと、母には結婚式に来てほしくない。私が見劣りするから。とっても美人で若々しくて、母娘でショッピングすると、店員さんからご姉妹みたいですねって。そりゃ、母へのお世辞でしょ。私は気が悪い。あーあ、どうして母に似なかったのかしら。
この間、式を挙げる神社の下見に行った。社務所での打ち合わせが終わって、建物を出たとき、母が切り出した。
「隠してたってわけじゃないけど、ずっと言いそびれちゃって。嫁ぐ前に話しとかなくっちゃね」
「なに。勿体つけちゃって」
「おまえには二人の父さんがいるの」
私の表情をうかがっていた母は、驚かない私に拍子抜けしたみたい。
「知ってた。私はA型だけど、母さんも父さんも血液型聞くと話そらすし。高校の修学旅行でパスポート取る時に、役所いって戸籍とったの。父さんの方に×印が載ってたから、ははん、バツイチどうしかって分かったの。私、母さんに似れば良かったんだけど、別かれた実の父さんに似たのね」
「知ってたの。高子も人が悪いね。そうね、あの人の面影があるわね」
母は懐かしいものを見るように私の顔を眺めた。
「東京の大学の文学部の同級生だった。この神社でデートしたこともあったわ」
私たちは境内の隅のベンチに腰を下ろした。午後の日溜まりの中、垣根沿いに植えられたコスモスを眺めながら、母は昔話を始めた。
おっとりしたお嬢様風だった母にアタックする男子は複数いたそうだ。スポーツ会系、おぼっちゃま風、おちゃらけ系……奥手だった母はそういう誘いに戸惑い、つれないそぶりを見せるだけだった。
ひどい風邪をひいて、日本古典文学の授業を二回続けて休んだ。授業についていけずに困惑の表情を浮かべている母に、たまたま隣に座った、やせて背が高い若者が、ルーズリーフから前回、前々回の分のノートをはずし、「よければ」とだけ言って差し出した。普段は目立たない、口数の少ない内気そうな若者だった。母はとりあえず目の前で行われている授業について行くためにさっと斜め読み。すっと頭に入る整ったレイアウト、要領を得たまとめ方に感心したという。
講義は平安時代の『今昔物語集』や『大和物語』に書かれた「葦刈説話」についてだった。貧しさから抜け出せないある夫婦が、互いに愛し合いながらも、このままではどうしようもない、と別れることに。女はやがて玉の輿に乗り、難波の浜に行楽に行き、葦を刈る男たちの群の中に元夫の姿をみつけ、食事を施し着物を与えたという筋書きだ。
横に座っている若者は熱心にノートをとっている。授業が終わると、母はこう話しかけた。
「ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、もし、差し支えなかったらこのノートをお借りできませんか」