家に帰ると、昨日やってきたばかりの新しいお兄ちゃんがリビングでテレビを見ながらソファーに座ってくつろいでいる。
「しーちゃんお帰り」
と、テレビを見ていると思っていたお兄ちゃんはいつのまにか漫画を見ていて、下を向いたままで私のことを見ずに言った。
「ただいま。ねえお兄ちゃん、それ何の漫画?」
「ん、これ? なんかお父さんの本棚に入ってた。昔のやつ」
「ふうん。あのさ、お兄ちゃん、テレビ」と言って私がリモコンを指差すと、
「なに?」とお兄ちゃんがこっちを向く。
「見てないならチャンネル変えるけど」
「ああ、テレビ。いいよ」
「ありがと。あ、そういえばお母さんは? 家?」
「ううん、今は買い物に行ってる。あそこのスーパー。すごい安いとこ」
「そっか」
といった会話をした後、お兄ちゃんはソファーに寝転んで漫画を読み進めた。前のお兄ちゃんはよく家事手伝いをするお兄ちゃんだったけど、今回のお兄ちゃんは怠惰な性格なのかもしれない。ずっとごろごろして、なんにもしない。
ソファーで寝転ぶお兄ちゃんを見ていたら、私はなんだかお兄ちゃんに前からずっと聞いてみたかったことを聞きたくなって、
「ねえお兄ちゃん、私ね、一度お兄ちゃんに聞いてみたかったことがあるの」
と、昨日きたばかりのお兄ちゃんに向かって言う。
「何?」と、昨日私のお兄ちゃんになったばかりのお兄ちゃんが答えた。
「安いと思わない? 百円って」
「百円って、百円の何のこと?」
「お兄ちゃんのこと」
「ああ、お兄ちゃんのことか。分からないよ、安いと思うなら安いんじゃない?」
「安いよ」
「そっか、安いか」
「嫌じゃないの、自分が百円で買われているなんて」
「そう思う?」
「私は絶対いや、自分が百円の価値しかないなんて」
「そっか」とお兄ちゃんは呟いた後、ちょっと時間を空けてから、
「でもね、しーちゃん。たとえば一億円の価値があっても、誰にも買われないで一人死んだら意味ないよ」と言う。
「そんなことないよ。自分を安売りしても、価値が下がるだけだよ。そんなに簡単に手に入ったもの、みんな大事にしたりしないよ」
「しーちゃんもそう思うの」
「うん」
「そっか」
と言ったきり、お兄ちゃんは黙った。黙ったお兄ちゃんを見ながら、私はまた自分から出た声を耳から聞いて、言ってはいけないことを言っていると他人事で思った。それなら言わなければいいのに、なぜだか言わずにはいられないときが私にはあって、それがどうして言わずにいられないのかが分からない。だから言ってしまう。お母さんやお父さんにも、ゆきちゃんにも、そうしてしまうときがある。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「ごめんね、そういうつもりで言ったんじゃないの」
「そういうつもり、って何のこと?」
「分かんないけど、なんか」