9月期優秀作品
『百円で買えるもの』ノリ・ケンゾウ
百円で買えるもの。ペットボトルのお水。ポテトチップスのうすしお味。ライター。おでんの玉子。レンタルビデオショップの会員カード。チロルチョコ五つ。うまい棒だったら十本、ねえこれって安い。あとコンビニのおにぎり、私はおにぎりの百円セールが大好き。何個だって食べられる。百円あれば、けっこう色々なものが買えちゃう。あとは、缶ジュース百円。スーパーで売っているアイスも百円。あとあれ、私がずっと使っているボールペンも百円。さらさら紙の上で滑って書きやすくて、とっても好き。私のチョコレートのお菓子も百円。消しゴムも、定規も、筆箱もみんな、百円。あとそれから、私のお兄ちゃん。私のお兄ちゃんも百円。ちょっと安いよね、私のお兄ちゃん。もう少し高くたっていいと思う。
百円で売り買いされるお兄ちゃんというのは、主に私みたいに兄弟のいない家庭や、兄弟はいるけれどもどうしてもお兄ちゃんが欲しい子供のいる家庭などによく買われて、そこの家庭でお兄ちゃんとして生活をする。百円で買われて、百円で売られていくから、お兄ちゃんの価値は百円から落ちることはない。それから売り買いされていくからといって、レンタルお兄ちゃん、みたいな扱いではないので、お兄ちゃんでいる期間が決まっていなくて、だからお兄ちゃんが入れ替わるときはお兄ちゃんがお兄ちゃんとして生活している中でふいにいなくなった、そしたらまた新しいお兄ちゃんが家にやってきた、みたいな感じ。そんな感じの繰り返し。だけどお兄ちゃんがどのように売られていて、またそのお兄ちゃんがどんな風に売られていくのかが、子供の私には分からなくて、それでもお兄ちゃんはそういう風にして入れ替わり続けて、きょう家にやってくるお兄ちゃんでたぶん、七人目。あんまり正確には覚えていないけれど。
朝起きて、眠たい目をこすりながら部屋を出て、階段をとぼとぼ、眠くて足下がふらついているから慎重にゆっくりと、降りていくと朝食の匂いがふわんと鼻につき、あ、きょうはベーコンエッグだ、と思って食卓のある部屋のドアを開けると、新しいお兄ちゃんと思われる男の人がいて、歳はだいたい高校生くらいの感じ、そのお兄ちゃんがこっちを見て私のことを見つけると、
「おはよう、しーちゃん」
と、何気ない感じで挨拶をする。はじめましてなのに馴れ馴れしいとは思うけど、これまでも百円で買われたお兄ちゃんとは、それが初対面であっても初めの挨拶みたいなのはなく、こんな風に前々から私のお兄ちゃんであったかのように振る舞うのがほとんどで、だからこのお兄ちゃんの馴れ馴れしい態度にももう慣れた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、まだ眠いの」
「うん、ちょっと」
「あ、また夜更かししてたんでしょ」
「ううん違う、疲れてるだけだよ」
「そっか」
と、お兄ちゃんとぽつぽつと会話を交わして、食卓に置かれたベーコンエッグとトーストを食べてから学校に行く。部屋を出るときに振り返るとお兄ちゃんは眠たそうな目で私を見ていて、いってらっしゃい、と声を出さずに言い、座ったまま手を振った。振られた手を見ながら、この人が今日から私のお兄ちゃんなのか、と改めて思った。
学校についてから教室に入ると、ゆきちゃんと目が合って、ゆきちゃんは私と目が合うと、あっ、という風に口を大きく広げてから、目を輝かせてすぐに駆け寄ってきた。おはよう、と言われて私も、おはよう。