酔うとやっぱり言わなくていいことを言ってしまう。
夏島は私の放った言葉を、どこか全身で受け止めてしまったのかもしれなくて。忘れてって今さら言うのも変だけど。
って思っていたらその次に会った時、夏島がすごくストレートに2人で暮らしてみないかって言ってきた。
妙な正義感なのかなになのかわからない。溺れそうな子供を通りがかりに見かけた時に似て、ただ夢中で手を差し伸べていただけなのかもしれないし。
誰かと付き合ってもいつも自信がなかった。喜びも楽しみもうまく処理できないまま、ここまで来てしまった。
「冬美は今までどんな男と付き合ってきたんだよ。それを疑うね、始まったばかりの俺たちに、いきなり未来がないなんて判断を下すオマエが信じられない。ただ俺の言うこと聞いていりゃいいんだよ」って金井に言われた。途端にこころの関節がとつぜんはずれたみたいになって、喧嘩になった。
この世に生まれて初めて会う男、父親に虐められた過去しかないとこんなことになるのだと、金井とつきあってから誰とも付き合えなくなっていた。
夏島はしずかに返事はいつでもいいよって言ったけど。私の頭の中はかなり夏島のことばで埋められていて。富樫先輩の小言は以前より多くなっていた。
そのことで、まわりのセクションのほかの人たちにまで、よどんだ空気が伝染しているようで、大した仕事は任されていないのに、つらかった。
日曜日のスーパーからの帰り道。緑色とカーキーの丈夫なエコバッグの中の方で音がする。
きゅーきゅうーと、なにかが鳴いているような音。
野菜を冷蔵庫のボックスに詰めながらやっと鳴いていたらしい正体がわかった。はまぐりだった。
パックに詰められた淡い縞模様の柄を背負った閉じられた貝殻が、ぴちぴちのラップの中で音を放ってた。
呑み込んだ砂を吐き出しているかのその音は、そのままその姿のままいつまでも鳴かせたいぐらい、きゅんとした小声だった。
何かを吐露しているときにいっしょに泣きたい気分になる時に似てるのかもしれないとパックを手にしたままフローリングの上に座り込んでいた。
虫も鳴くし、枯れ葉も鳴く、砂も鳴くし、スリッパも鳴く。
人も泣くし、猫も鳴く。そしてあの夜、夏島もすこしだけないていた。
鍋にはまぐりをがらがらと沈めて。塩もたっぷり入れてひたひたに水を張る。
とたんに気泡をぷかぷか浮かべながらはまぐりがきゅうきゅうと鳴きだした。