美晴が膨れる。
「まあ、そのうちお前にもそんな男性が現れる。その時になったら、また話してあげるよ」
「約束だよ」
美晴は小指を突き出す。何だか照れくさかったが、美晴の真剣な顔に気圧(けお)されて指をからめた。
「さあ、帰るとするか。あいつが首を長くして待ってるからな」
私はスターターボタンを押す。エンジンが軽やかな音を立てた。
次の日、昼過ぎの便で帰途に着く二人をバス停で見送った。私は空港まで送るつもりだったが、帰りが大変だからと娘が断った。バスの影が見えなくなって久しい。
娘は、用事は直ぐ終わるから済み次第帰ると言っていたが、結局四泊したことになる。
「やっと帰ったな」
「そんな強がり言って。本当は寂しいんじゃありませんか?」
「清々しているよ」
「そうですか。あの子と一緒の時のあなたの顔、随分やに下がっていましたよ」
「バカ言うな」
「それはそうと。二三日前ですか、美晴が変なこと言ってましたよ。カヤリがどうとか、こうとか。あなた、何のことだか分かりますか?」
「いいや。あいつの言うことは半分も理解できん」
「よかった。私も適当に調子を合わせていたんですけど、分からない事が多くて。よかった、私だけじゃなかったんですね」
私は苦笑をこらえる。
「あっ、これ。美晴から。直接渡せばいいのに、私に頼んでいったんですよ。まったくおかしな子」
そう言いながら妻がエプロンのポケットから封書を取り出す。
――ほう。
手紙とは驚いた。しかし表書きも、裏書きもない。赤いハートマークのシールで封がしてあった。封を切って便箋を開くと、意外にもしっかりとした大人の文字が並んでいた。
『おじいちゃんへ
これ、昨日買った封筒と便箋だよ。私もちょっとアナログしたくなっちゃった。
蚊取り線香の話、感激!だったよ。決して忘れません。おじいちゃんは燻(くすぶ)る想いの果てに、おばあちゃんに辿り着いたんだね。
昨日のことは内緒にしておいてあげるから、いつまでも元気で、おばあちゃんと仲良くするんだよ。
P.S.
早くスマートフォンにした方がいいよ。使い方、教えてあげる。
美晴』
”教えてあげる”の後には、大きなハートマークが三つも書き添えてある。
――アイツめ。
私は、つい緩みそうな口元を必死で抑える。ふと気配を感じて振り向くと、直ぐ側に妻の顔があった。急いで文面を隠したが、すでに遅かった。
「何ですか、蚊取り線香の話って? 昨日のことって?」
妻の少し棘のある声が耳元に響く。