と美晴の方から話題を変えてきた。電子器機は苦手だが、この手の話は好きだ。
「そうだな。万葉集や古今和歌集なんかに恋歌として幾つか載っているってことは、かなり一般的だったということなんだろうな」
「ふうん。それだって他に自分の気持ちを届ける手段がなかったから、歌だったり手紙だったりしたわけでしょう。その時代にこんな便利なものがあったら、みんなこれを使うと思うよ」
美晴はスマートフォンを親指と人差し指で挟んで、これ見よがしに振る。
――ほう、そうきたか。
この子も、いつの間にか理屈を振り回すようになった。
「それじゃ、あまりにも味気ないじゃないか。ボタン一つで、送ったり、消したりできる。そんな言葉が、お前、嬉しいか」
「消えるからいいんじゃない。振られたら、全部消して、それでお終い」
「でもな、世の中には、消してもいい物と、絶対に消してはいけない物があるはずだ。お前だって本当に伝えたい思いは、たやすく忘れてほしくないだろう。紙に書くと言うことは、残すということだ。だから一所懸命に考え、文章を練り、推敲を繰り返す。そしてその度に書き直す。もし、お前が言うようにあの時代にスマートフォンがあったら、万葉集や古今和歌集などに恋歌が残ることはなかったかも知れんな」
「でも紙は燃せば灰になるよ」
美晴は食い下がる。
「確かにな。でも、それだけの労力を掛ければ誰かの記憶には残る。ボタン一つ押すのとは大きな違いだろう。そういうことだ」
美晴はそれきり黙ってしまった。これ以上の議論は諦めたようだ。
「さっきのこと、おばあちゃんに聞いてこようかな」
美晴は、誰に言うとも無く言うと、ソファーから立ち上がった。そして、
「でも、スマートフォンはボタンじゃなくて、タッチだけどね」
と、去り際にしっかりと負け惜しみを置いて。
四日目ともなると、美晴から遠慮が消えた。美晴は朝食を終えるなり、
「ねえ、おじいちゃん、今日何か予定ある?」と聞く。
「特にないが、この間おばあちゃんに頼まれてたのをやらんとな。そろそろ小言が飛んで来る頃だ」
「そう。じゃあ買い物に付き合ってよ」
「俺の言ったこと、聞いてなかったのか。まったく」
私は溜息をつく。人の話を聞かない性格は、娘譲り、引いては祖母譲りだ。「どこへ行きたいんだ」と問うと、美晴は三十キロほど離れたY市にある大きな本屋の名を挙げた。