「でね」
と、今度はかおるがのぞみそっくりの口調と入り方で、言葉を継いだ。
「私達が一番食べたがったのが、コロッケだったから、お父さん、凄い頑張ってくれたんだって。自分の記憶と私達の反応だけを手掛かりに。でも、コロッケだけは、どうしても再現は出来なかったんだって」
「でも、お母さんの命日に、作ってみたコロッケだけは、違ってたんだよねー。『お母さんの味だー』って私もかおるも大喜びで。それ以来だよー。毎年この日にはコロッケ、ってなったのはー」
のぞみとかおるは、二人揃ってビールを口に運び、同じタイミングで飲み干した。こうして見ると、二人はよく似ている。
「で、さ」
私は、ずっと心に溜めていた事を聞いてみる事にした。
「お母さんのコロッケの味って・・・」
「ん?本物のそれは、私もかおるも覚えてないよー」
「私、四歳だったしね。正直、食べたかどうかも怪しいくらい」
二人は顔を見合わせて、同じタイミングで笑った。
「だからさ、すみれは引け目なんか感じなくてもいいんだよー」
のぞみは、にこにこと笑った。私は、自分の思いを見透かされてどきりとする。そう、確かに私は引け目のような物を感じていたのだろう。私だけが、母の味を覚えていない事を。
「お父さんは私達の為に、お母さんの味を一生懸命食べさせようとしてくれてるんだもん。それが正確に再現されているかどうか、なんて、どうって事ないよ」
「いいんだよー、それで。これが、お母さんのコロッケの味なんだもん。一生懸命お父さんが作ってくれて、お盆で帰ってきてくれたお母さんと一緒に作った、さ」
のぞみがにこにこと云う。
そうか、それでいいのか、と私は思う。
「私なんか、もうすぐお母さんがあっちに行っちゃった歳にどんどん近づいてきているし、ねー」
「あ、それは私も考える。お母さん、今くらいの歳にお父さんと結婚したんだな、とかね」 「まだその気配もないけどねー」 のぞみが、自分の事を棚に上げて云う。
その時、ふっと涼やかだが暖かい風が縁側を吹きぬけた。そして、優しい音色で風鈴を鳴らした。
「そういや、さ」
私は、云う。 「お母さんって、お酒飲んだのかな」 私は、その事を聞いた事が無かった。
「あ、好きだったらしいよー。私達が産まれてからは、あんまり飲まなかったらしいけどねー」
「まだまだ私達が、目の離せない時期だったんだから、仕方ないよね」
そっか、と私は頷く。記憶の中で、お父さんとお姉ちゃん達に再構成して貰っていたお母さんの像が、少しずつ更新されていく。それは、私がまだまだ半人前だとは云え、大人になってきている、という事なのだろうか、と私は考えた。
「じゃあ、今日なんかは、お母さん飲みたいんじゃないかな」
私が何の気無しに云うと、のぞみとかおるは顔を見合わせた。それから、にまーっと笑う。
「そっかー、そうだねー」