三人で父を布団に連れていってから、私達姉妹だけでまた飲み始めた。
残ったつまみとビールをそれぞれ持てるだけ持ち、私達は縁側に移った。
開け放った窓からは、心地よい風が入ってくる。縁側には、静かな月明かりが降り注いでいる。夏の間はフル活動の陶製の蚊遣り豚も、お供にしておく。豚の大きく開いた口からは、蚊取り線香の芳しい香りが漂ってくる。昼の土と陽の匂いとはまた違う、夜の夏の香りだった。昼間は騒がしい蜩であったが、夜は穏やかな風が鳴らす風鈴の音に換っていた。
私達は縁側にそれぞれの定位置を定めて、思い思いの格好で寛いだ姿勢を取る。それから、私達はもう一度、グラスを合わせて乾杯をした。
「ねー、お姉ちゃん」
私が、昔のような呼び方で、二人に声を掛ける。この場合のお姉ちゃんは複数形だ。
のぞみとかおるは、私の顔を覗き込む。
「お母さんの作った料理って、他に何か覚えてる?」
のぞみが考え込むような顔をする。
「お母さん死んじゃったの、私でも六歳の時だからねー」
と、のぞみは云った。かおるは四歳で、私は二歳、だった。
「色々食べている筈なんだけれどねー。でも、私がお母さんが向こうに行っちゃってから、一番食べたいってぎゃん泣きしたのがコロッケだったんだって。お父さん、大分困ったみたい」
そう云って、のぞみは笑う。
「作り方のコツなんて、何も残してくれてなかったそうだからねー。お父さん、見様見真似で相当頑張ってくれたみたい。でも、全然違う!って私泣き喚いたみたい」
「あんま今と変わらないじゃない」
かおるがのぞみに突っ込んだ。
「泣き喚いたりはしないよー」
のぞみがおどけて、チョップのような姿勢で手を振り上げて見せる。
かおるが戯れに私の後ろに隠れようとするのを、私は笑いながら身をよじって逃れようとした。
「でね」
と、のぞみが言葉を継ぐ。
「お父さん、相当悩んだみたい。何せお母さんが何でも出来ちゃう人だったから、お父さん、ぜーんぶお母さん任せで。でも、家にある調味料や食材を手掛かりに、ちょっとずつ料理を覚えて行って、私達を食べさせようと必死だったって」
「それでも、たまにはグズったそうよ、のぞみも私も」
「かおるは、たまにじゃないよー。私、しょっちゅうあやしてたもん」
「何云ってるの、あやしてたんじゃなくて泣かしてたんでしょ」
かおるが、笑う。のぞみも、笑った。のぞみもかおるも、そして私も、年頃の時分は仲が悪くなったりもした事も人並みにあったりしたが、それはもう日々の果てであった。