「せっかくお母さん帰ってきてるんだもん、お母さんのグラスが無いのは可哀想だわ」
「ここ数年はずっと云ってたと思うよー。『なんで私には無いのー』って」
「お母さん、ごめんね。気付かない長姉と次姉で」
かおるが、何故か遠くに見える不老山の方に手を合わせる。のぞみも、微笑みながらそれに倣ったので、私もそうした。
「でも、すみれが気付いてくれたからさー。許してねー」
のぞみが私の為に、云ってくれた。
「じゃあ、私、グラス持ってくるね」
私は、そう云って立ち上がった。
グラスをひとつ持って縁側に戻ると、月の光は尚冴え冴えとしていた。私達三人の、丁度中間にグラスを置き、それにかおるがビールを注ぐ。もう一度、皆で乾杯をした。
するとそこで、もう一度、風鈴が鳴った。
「ほら、お母さんやっぱり喜んでいるよ」
穏やかに、かおるが云った。のぞみは、少し顔を赤くしている。
盆の穏やかな風に乗り、皆帰ってくるのだとしたら。その思いを伝えてくれるのもまた 風なのだろう、と私は思った。備前焼の小さな風鈴の涼しげな音色は、それに相応しい、とも。
私達は、ゆっくりとグラスを口に運んだ。
「さ、明日はお墓参りするんだからさ。さっさと風呂入って寝るよー」
のぞみが、長姉らしく私達に云う。
「いっつも一番遅く起きてくるの、のぞみじゃん」
「そうだよ、鼾はかくしさー」
私とかおるが口々に云う。のぞみは「何よぉ」と云い返す。私達三人は、同じタイミングで、笑いあった。
明日も暑くなるだろう。お弁当に詰めるのは、やっぱりコロッケだ。