やっとの思いで二人分の弁当を詰め終えたとき、制服姿の由美が二階から下りてきた。
「おはよう。ごめん。父さん、お弁当今作り終わって、朝ごはんまだできてないんだ。」
「いいよ、別に。おなかすいてないし。」由美は朝から不機嫌だ。
気づけばもう8時近かった。和彦は慌てて身支度を整えると、「じゃあ、先に出かけるからな。そこに由美の弁当作っといたから。」と言って家を出た。
由美は父と二人きりでどう過ごしたらよいのか分からなかった。別に父のことが嫌いなわけではないのだが、いつからか父のことが鬱陶しくなった。そして、最近、由美が東京の大学に進学したいと打ち明けたとき、父に強く反対されたことから、今は気まずい状態になっている。
由美は母のようになりたいと思っていた。美奈子は東京の出身だったが、就職して三年後に、当時東京に転勤していた和彦と知り合って結婚した。全く縁のない北海道の地に来て、仕事をしながら、子育てや家事もこなす母の姿は由美の憧れだった。だから、母が学生時代を過ごした大学に自分も通いたいと思うようになっていた。
ぼんやりとそんなことを考えているうちにチャイムが昼休みを告げた。
「由美、元気ないけど、大丈夫?」クラスメートの沙織が弁当箱を持って由美のところへ来る。
「ああ、うん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ。」
そこへ加奈もやってきた。いわゆる仲良しグループというやつで、いつもこの三人でお弁当を食べている。
「いただきまーす。」
三人で一斉に弁当箱を開けたが、次の瞬間、すべての視線が由美の弁当箱に集まった。
「由美、そのお弁当どうしたの?」沙織が遠慮がちに聞く。
由美は恥ずかしくて今すぐ逃げ出したかった。弁当箱にはほとんどごはんが詰められ、その上に梅干しが一つ。そして片隅には焦げた卵焼きのようなものが入っていた。
母が作る弁当は、おいしくて見た目も良かった。沙織たちにいつも「由美のお母さんはすごいね。」と言われ、誇らしかった。
「あー、ちょっと、お母さん仕事で東京に行っちゃってて。自分で作ったんだけど、うまくいかなくて。」そう言って由美は焦げた卵焼きを口に入れた。
美味しかった。
確かに見た目はひどいが、由美の大好物のシラスが入っており、味は母の作る卵焼きと変わらなかった。
「そっか。大変なんだね。これ、あげるよ。」加奈がそう言って、自分の弁当箱から唐揚げを一つつまむと、由美の弁当箱にたっぷり入ったご飯の上に乗せてくれた。
「あ、ありがとう・・・。」友達の親切は嬉しかったが、それ以上にみじめで恥ずかしい気持ちの方が強かった。
「ただいま。」