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『美知の通勤電車』司真


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「よし、美知、行こう」と美知を抱いたままエスカレーターに乗った。
 それが、三年前、美知が三歳のときの出来事だ。

 今日も、相変わらずホームは通勤客で一杯だ。いつもの定位置に向かう。次の電車を待つ列を見ると、前のほうに亀さんが並んでいる。
 本名は、高山さんという。コピー機などを販売する会社で、総務課長をしているという。年令は五十代半ば、美知の一人目の通勤電車の友だちだ。
 亀さんは後ろを振り向いて、沙織と美知に笑顔を向けた。沙織が亀さんのいる列に並ぼうとすると、美知が亀さんのほうに走っていく。見ていると、美知は下ろしたリュックを開け、中から折りたたんだ黄色の折り紙を出し、亀さんに渡している。それから、ぺこりと頭を下げた。
「今日までありがとうございました」と言う声が聞こえた。
 亀さんは、折り紙を開き、じっと見て、美知の目線の高さにしゃがんで、何か言った。折り紙の内側に何か書いてあるらしい。
 亀さんは立ち上がる時、沙織を見て、軽く頭を下げたが、その目は涙で潤んでいた。
 美知が、今朝、家を出るのに時間がかかったのは、あの折り紙を準備していたからなのだろうと沙織は理解した。
「あの折り紙に何を書いたの?」
 沙織が聞くと、美知は「内緒」と言った。
「他の友だちにも折り紙渡すの?」
 美知は、お腹の前にリュックを抱え、「うん!」と大きく頷いた。
 電車が到着し、沙織と美知は、押されながら乗り込んだ。亀さんの薄くなった後頭部が、車両の奥のほうに見えた。一瞬、沙織と目が合ったが、大柄な男性に遮られすぐに見えなくなった。目が合った瞬間、亀さんが小さく頭を下げたのがわかった。沙織も身動きが取れない中、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 美知がリュックにぶら下げている緑色のフェルトの亀は、亀さんが美知にくれたものだ。
 美知と通勤電車の乗り始めて一週間くらいたった頃のことだった。
 沙織は美知の変化に気づいた。 
 美知は、電車の中で、下を向き、口を真一文字に結んで、じっと耐えていたのだが、朝、駅に向かう道から、その顔になっているのだ。
 そして、家にいるときも、時折り、同じような表情をするようになっていた。
 沙織はそんな美知の姿を見て、やはり、無理だと思った。近くの保育所が見つかるまで、仕事への復帰は延期しよう、もしその希望が通らなければ、別の仕事を探そうと決心した。
 今日が最後と決めて、その日、美知を連れて通勤電車に沙織は乗った。
 電車が走り出すと、下を向き、じっと耐えている美知の目の前に、突然、緑色の亀が差しだされた。それは、フェルトで作った亀で目はなぜか赤のビーズだった。
 美知の目の前にいたスーツの五十代後半と思われる男性が、混んだ電車の中で掌にそのフェルトの亀を乗せて美知に微笑んでいた。
「これ、お守りなんだよ」と男性は言った。

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