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『美知の通勤電車』司真


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9月期優秀作品

『美知の通勤電車』司真

 
「美知、行くよ」
 燃えるごみの袋を持った沙織が玄関から声をかける。
「ちょっと待って」
 奥の部屋から、娘の美知の声だけ聞こえる。
「遅刻しちゃうよ」
 沙織は、腕時計を見る。 
 ピンクのリュックサックを背負いながら美知が走ってくる。リュックの横には、洗濯しすぎて毛羽立ってしまったフェルト生地で作った緑色の亀がぶら下がっている。
「何やってたの」
 美知は、うん、とだけ言って急いで靴を履いている。
 沙織は、アパートのごみ置き場のネットにゴミ袋を突っこむ。
「ママ早く、電車に遅れるよ」と美知がおどけて駆け出す。
 美知がぐずぐずしてるからでしょ、と言いながら、沙織は笑顔である。
 いつもの朝の会話だ。しかし、それも今日で終わる。
 美知は四月から小学校に上がる。美知が通勤電車に乗るのも今日で最後だ。
 沙織は、前を行く美知の背中を見る。この三年間で、美知の背丈は随分伸びたが、それ以上に、仕草や態度が大人びてきていた。
 それは、単に月日がたったからというだけではなく、通勤電車で出会った人たちが、美知の心を成長させてくれたからだと沙織は感じている。
 美知が、通勤電車の友だち、と呼ぶ人たち。

 沙織が美知を産んだのは、二十九歳のときだった。大学を卒業して就職した会社で、川島達也と出会い結婚した。美知を身籠ったのは、共働きの三年目だった。
 会社は女性の人財育成に力を入れていたので、産休を取り、出産後仕事に復帰するという選択肢もあったが、沙織は、少なくとも子供が小学校に上がるまでは、成長を見守りたいと考え、夫の達也も賛成していたので、退職した。
 沙織の上司は、もし、将来復帰したくなったら、相談に乗ると言ってくれていた。

 生まれた子は女の子で、美知と名付けた。美しいものを知ってほしいという願いと、未知の世界に飛び出していく強さを持ってほしいという意味を込めていた。
 美知は元気に育ち、二歳になり、弟か妹を考え始めた時、達也が体の不調を訴え、病院で検査を受けると、末期のすい臓がんであることが発覚した。忙しさにかまけ、会社の健康診断を二年間、受診していなかったのだった。

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