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『淡いピンク』寅間心閑


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 ごめんなさい、と心の中で何度も唱えながら、夫を眠りから遠ざけるものの存在を察する。それが歓びなのか、感慨なのか、寂しさなのかは分からない。もしかしたら、まったく違うものかもしれない。でも、たしかに彼を眠らせない何かがある。
その正体について想いを巡らせているうち、いつの間にか眠り込んでしまっていた。
「多分、私の方が早く寝ちゃったのよね」
 わざと声に出して遺影に語りかけてみるが、もちろん返事はない。
 額の中から見つめ返すかしこまった夫の顔と、記憶の中にある夫の顔は微妙に違う。いや、時が経つにつれ段々と違ってきている、と言うべきかもしれない。
 これから先、その違いがもっと大きくなっても、この遺影を外したりはしないだろうけど、だったら私は何を求めて額の中の夫と向き合い続けるのかしら。
 やめよう、と首を振り、竹子はテレビの音を出す。
 最近、こんな具合に果てのない想いが浮かんでくる。そう、「考える」のではなく「浮かんで」くる。
 答えられない質問にかかずらうのは辛く、それ以上にどうしようもなく疲れてしまうので、出来るだけ早く逃げ出すようにはしている。
 もう何度も読み返した雑誌に目を通したり、由希にメールを出そうと不慣れな携帯電話と格闘したり、今のように珍しくテレビの音を出したりして、どうにか気を散らそうと努めてみる。我ながら、哀れな癖だ。
 テレビは高齢者の保険負担が増加するというニュースを流していた。もし生きていれば、夫は今年七十歳。多分「ま、しょうがないな」と顔をしかめるか、無言のままゆっくりと首の骨を鳴らすだろう。
 もともと口数の少ない人だった。
 堅実、寡黙、真面目。結婚式の時もお葬式の時も、親しい人たちは夫をそう表現した。そんな人だったからこそ、竹子には忘れられない情景がある。
 ふと流れに任せてその場面を浮かべそうになり、慌てて食い止める。別に勿体振るつもりなどないが、ただ漫然と接したくはなかった。

 冷めてしまったお茶を捨て、もう一度淹れ直す。そしてまた、テレビの音を消した。
 準備万端、と座り直すと微かに膝が痛む。そっと右手で膝をさすりながら、大切な情景を思い起こし、その中に全てをゆだねてしまう。頭も、身体も、心も、全て。
 まず浮かんだのは、畳敷きの六畳間だ。
 結婚してから由希が産まれるまで暮らしていたアパートの和室。隣の部屋は、ろくに間取りも考えずに買ったセミダブルベッドが占領していた。枕元に置いてあった目覚まし時計の形も、柱に掛けていた状差しの色も、正確に思い出せる。
 結婚してから七年、子宝に恵まれなかった。

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