お化粧やスーツ姿も板につき、すっかり大人びたその姿は今と変わらない。いや、気負って幼さを拒まなくなった分、今の方が溌剌として映る。
あれは二十四歳の頃だ。忘れるわけがない。
その緊張した顔つきと、声の潜め具合から「いい人がいるんだわ」と竹子は直感した。夫は居間でテレビと向き合い晩酌をしていた。瓶ビールを二本飲んでからウイスキー。いつも、その順番だった。
いくら勧めても、外で飲む時のありがたみがなくなるからと、家では安い国産のウイスキー。最後に飲んでいたボトルは、今でもそのまま残してある。でも一瞬、この家に置いてあるのか、由希たちの家にあるのか思い出せなかった。
回想しながら物忘れ。年々、過去の記憶だけが鮮やかになっていくのは気のせいだろうか。
洗い物が終わり、一息つこうとお茶を淹れてもまだ、頭の中では思い出が息づいていた。腰をおろしてからようやく、窓の外が暗くなっていることに竹子は気が付く。部屋の電気を点け、台所用の小さい蛍光灯を消し、立ったついでだからとテレビのスイッチを入れ、音だけを消す。このワンルームマンションに越してきてから、テレビの音はあまり出さない。
少し冷めかけたお茶に口をつけ、さっき途切れたところから記憶を呼び起こす。そうそう、料理を教えてくれって言われたところからよね。なんだかビデオテープみたいだと可笑しくなる。
あの夜、竹子は隣で寝ている夫に自分の直感を伝えた。
どう切り出したらよいものかと迷い、どんな反応が返ってくるだろうかと年甲斐もなくドキドキしたけれど、五歳年上の夫の反応はあっさりしたものだった。
「まあ、あいつももう大人だからな」
顔をこちらへ向けもせず低い声でそう呟いた夫に、竹子は気持ちを持て余す。
「本当にあの子、結婚するかもしれませんよ」
ただただ反応が欲しいあまり、そんな大袈裟な言葉をぶつけてしまった。でも、動揺する気配はこれっぽっちもない。それが妙に腹立たしく、「もうお眠りになったんですか」と更に突っかかろうとした瞬間、再び低い声で夫は呟いた。
「よかったな。本当に、よかった」
思わずはっと息を呑んだ。
それが伝わったのか、夫はこっちへ顔を向ける。暗闇の中、しかも目を閉じていたが、どんな表情をしているのかはっきりと分かった。夫は、とても優しい顔をしていた。
自分の大人気ない振る舞いが恥ずかしく、返す言葉も見つからない竹子は、じっと寝たふりを続けた。静寂の中、普段ならすぐに聞こえてくる夫の寝息がなかなか耳に届かない。
寝れないんだわ。
そう思い、また自分の振る舞いを恥じた。