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『淡いピンク』寅間心閑


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 出産を機に、娘夫婦は都内から千葉県へ引っ越した。海の近くに買った中古の戸建てには、自分の部屋も用意されている。はっきりとした理由も言わぬまま同居を拒み続ける母に、「そんなに東京好きなの?」と呆れる娘。その隣でシンヤさんは、いつも困ったような顔をしている。優しい人だ。
 貴重な休日、妻の母親に会うため二時間も車の運転をしてくれる。そして疲れた様子を気取られぬよう遠慮がちにくつろぎ、一歳半の娘がむずかると手際よく外に連れ出して、たちどころに機嫌を直してしまう。
 それだけではない。このワンルームマンションを探してくれたのも、家電製品の配線や物干し竿の取り付けも、全部彼がやってくれた。腰を痛めないようにと、浴室に背の高い椅子を置いてくれたのも彼だ。早く来ればいいのにってパパも言ってるのよ、という由希の言葉に嘘はないだろう。
 でもねえ、と竹子は小引き出しの上にある夫の遺影へ語りかける。仏壇や仏具は由希たちの新居へ移したので、この七畳半の部屋には額に納めた遺影しかない。
「でもねえ、なんかねえ……」
 そのまま話し続けたかったが、ひとまず洗い物を片付けようと立ち上がる。やはり相談ごとは落ち着いてするのが一番だ。たとえ物言わぬ遺影が相手であれ、実際口に出して語りかけていると、頭の中の靄は晴れてくる。
 ワンルーム用の小さな台所には、珍しく洗い物が溢れていた。由希たちが来る時はいつも料理を作りすぎてしまい、結局帰り際に持たせることになる。最近では「毎度買うなんてもったいないじゃない」と、前回持ち帰ったプラ容器をわざわざ車に積んでくるほどだ。
「いいのよ別に。どうせ百円ショップで買うんだから」
「やめてよ母さん、家中これで埋まっちゃうわ」
 そんなやり取りを思い出しながらだと、洗い物も苦にはならない。
 今回は前の晩からきんぴらごぼうを用意しておいた。太い短冊でやや固め、が昔から由希のお気に入りだ。幼稚園の頃は毎日お弁当に入れてあげていた。
 一人娘の由希が産まれたのは三十五歳の時。周りのお母さんたちはほとんど年下だった。入園当初は対抗心も手伝い、カラフルで見映えのいいお弁当を作っていたが、不思議と由希はきんぴらごぼうや白和え、ジャガイモの煮っころがしなどをせがむようになった。
 中学生の頃、そのことを思い出し「どうしてだったのかしらね」と不思議がる母に、ひと夏で急激に背を伸ばした娘は「あたりまえじゃない」と笑顔を見せた。
「だって朝と夜は母さんの得意料理を食べてるんだもん。それに慣れちゃうわよ」
 生意気と呼ぶにはまだあどけない表情に、もうひとつの顔が重なる。ちょっといいかな、と話しかけてきた妙に堅苦しい面持ち。
「あのさ、母さんの手料理っていうの? その作り方、少しずつでいいから教えてほしいんだけど」

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