適度な酔いが、胸の中に一点の明かりを灯した。しばらく忘れていたうきうきとした気持ちが込み上げ、くすぐられる感触があった。
「どうしたんだよ」
竹野が気遣わしげな表情で、顔を覗き込む。私は緩んでいた口元を引き締める。
「俺はいったい、何にしがみついていたんだろうな」
「はあ?」
「今までの俺は蝉だったんだろうな。これからはゴキブリになってみるのもいいかもな」
聡子と付き合っていた七年。それは、蝉が暗い地中で過ごす時間と同じだ。やがて地中から出て来ても、何処にも飛んでいかずに木にしがみついたまま、人生を終えるところだった。
家に帰ると、仁志は居間にいた。何事も起こっていないかのように、テレビを見ていた。
「おい」と私は声をかけた。
何を言われるのかと構えたのか、視線を向けた仁志の表情は不安そうでもあり、威嚇をしているようでもあった。
「花火、残ってないか」
想像から大きく外れた問いかけに、仁志が一瞬、頬を緩めたのがわかった。
「何に使うの?」
「花火をするに決まってるじゃないか」
つい厳しい口調になっていた。子供たちが小学生の頃ならまだしも、家に花火があるはずはない。
「買って来てやろうか」と仁志が言う。
「そんなにしたいなら、買ってきてやるよ」
まるで父と子が逆転したような光景だった。
考えてみれば、この数日間の出来事に取り乱していたのは私だけだ。私は必死になって、強烈なものと戦おうとしていた気がする。でも、仁志も聡子も冷静だった。人生の区切りに静かに線を引こうとしているようだった。
「たくさん必要なんだよ。両手に抱えきれないくらいの花火が欲しいんだ」
仁志はもう、何のために必要なのかも聞いてはこなかった。呆れていたかもしれないけれど、無茶なことを言うなと撥ねつけることもしなかった。
「わかったよ」
そう言って、リモコンを取ってテレビを消す仕草がとても大人びて見えた。仁志はテーブルに置かれた財布をジーンズの後ろのポケットに突っ込むと玄関へ向かった。
私は慌てて財布を取り出す。中からお金を抜き出している間に、仁志はすでに家を出ていた。
本当に買いに行くとは思わなかった。でも、仁志を追いかけて引き留めることはしなかった。誰かに救って欲しかったし、背中を押して欲しかった。