反応を試されているのか、場の雰囲気を和ませようとしたのか、たぶんどちらもだろう。悪戯っぽい言い方がかえって、聡子の意志の強さのようでもあった。
「ねえ、隆志さん」と聡子が言う。
「子供は産むわ。でも隆志さんは、気にしなくてもいいの。勘違いしないでね。これは意地でもなんでもないの」
聡子の告白は、肝心な部分が省略されている。
「気にしなくていいって、どういうことだ」
「二人でやっていくつもりってこと」
「別れるってことか?」
「そうね」
「なにを言っているんだ」と私は声を荒げていた。
別れるなどという選択肢は、私の中にはなかった。子供を産むか産まないかという二つのどちらを選んでも、聡子と別れるつもりはなかったのだ。
しかし聡子には、別の考えがあった。聡子は、これまで何かを諦めるたびに、強くなっていたのかもしれない。
「失いたくないって、言ってくれたじゃないか」
「別れることは失うことじゃないわ」
「意味がわからない」
「失恋って、失うことじゃないと思うの。お互いの価値観が違うことに、気付くだけのことじゃない?」
「結婚しよう」と私は言った。
迷いが消え去ったわけではない。でも、仕方ないという言葉で片付けたわけでもない。これが聡子との未来を決断するタイミングに思えた。
「結婚をゴールにしたくないのよ」
聡子はひどく落ち着いていた。喜ぶこともしなければ、呆れて溜息を吐くこともしなかった。
聡子からの電話を切って、しばらくぼんやりとしていた。呼び出し音が鳴って、体を起こす。
竹野からだ。
「近くで飲んでるんだ。出てこないか?」
このタイミングで誘われるなんて、運が良かったのか、悪かったのか。事情の知らない竹野と酒を飲むのは、面倒な気もした。同時に、たとえいっときでも、仁志や麻衣子から身を隠していたい気持ちもある。現実から逃げることはできないけれど、短い時間、目を逸らすことはできる。
竹野は、近くの焼き鳥屋のカウンター席に座っていた。私が入っていくと、串を持った手を低く挙げる。
「断られると思ったよ」