責めることも、不満を伝えることもしないで、聡子は用件だけを話し終えた。
聡子は大事な場面では決まって平静を装う。なぜ喜んでくれないのかと言葉にしてくれたなら、もう少し考えさせてくれと言うことはできた。悲しみを露わにするでもなく、怒りをぶつけてくるわけでもなく、自分は平気だという態度をとらせているのは、私のせいなのだろうか。
聡子と結婚するかもしれない。いや、いつかは結婚したいと思っていたことに嘘はない。その時期を待っていた。でも、私が勝手に想像していたのは、もっと穏やかな時間だった。休日には二人でドライブをしたり、時々は旅行をしたりしながら、ゆっくりと歳月を重ねてゆく。そこに幼い子供が加わるなんて考えてもみなかった。
しかしそれは、麻衣子と仁志を育てた私の事情であって、聡子の希望ではない。心の中ではずっと子供を産みたいと思っていたのかもしれない。私に遠慮していたとも考えられる。自分勝手な未来に、聡子を付き合わせようとしていたのだろうか。付き合ったばかりの相手ではなく、十分知りすぎていることが、かえって問題を難しくさせる。
それには理由があった。あのとき中学生だった麻衣子は、私には死んだお母さんしかお母さんはいらないと言って泣き出した。そう。聡子の目の前で。もう七年前の話だ。
「今夜そっちにいくよ」
聡子に電話を掛け直し、そういうのが精一杯だった。
しかし聡子は、今日は都合が悪いと言う。ほっとしている自分が苛立たしい。ほっとしながらも、早く解決したい気持ちもあった。このまま自然に解決される問題ではないのだ。
「とにかく今夜、電話して欲しい。何時になってもいいから」
玄関に仁志の靴はなかった。
それだけでほっとして、座り込みそうになる。
妻が亡くなってからも、仕事は同じように続けてきた。近くに私の両親が住んでいたため、頼っていた部分も確かにあるけれど、家のこともちゃんとやってきたつもりだ。
運動会の場所取りも、仕事を抜けて列に並んだ。麻衣子が中学生になるときも、高校生になるときも、制服を一緒に買いに行った。そうやって完璧とはいえないまでも、自分を見失わずにきたのに、ここにきて無力さを感じる。
重い足取りで居間にたどり着いた。ソファに座ろうとして、そのまま自分の部屋へと向かう。子どもたちがいつ帰ってくるかわからない。気まずくなる瞬間は、一分でもあとに延ばしたかった。
ネクタイだけを外した格好で、ベッドに横になった。
電話をして欲しいと言っておきながら、私はまだ答えを見つけていなかった。だから聡子から電話が掛かってきたとき、私はその電話に出るかどうか、しばらく迷っていた。きっと聡子は、強がりを見せるだろう。やはり、子供は諦めると言い出すのかもしれない。
「仁志君とは、仲直りしたの?」
仁志のことは先日聡子に話していた。自分のことで精一杯なはずなのに、その話題に触れようとしない。
「きっとアイツ、初めて付き合った彼女だと思うんだ」
「それがどうしたの?」