「私だって早いとは思うわよ。でも、仁志がそう決めたんだから、応援してあげるしかないんじゃないの?」
麻衣子の言っていることは間違ってはいない。そうすることが正しいのだと思う。しかし、沸きあがってくる感情が譲らない。
「お父さんだって、ハルカ姉さんが妊娠したときは喜んだじゃない。あれだって、結婚する前の話よ」
「ハルカの場合は、四十になる前に結婚して欲しいって願っていたからだ。それに相手の男の人だって、ちゃんとした人だったじゃないか」
ハルカは私の兄の長女だ。兄は娘がなかなか嫁に行かないことを心配し、本気で見合いも考えていた。
でも実際には、父親が何も知らなかっただけで、娘にはちゃんと恋人がいた。たまたま先に子供ができてしまったけれど、子供ができていなくても、近い将来に結婚するつもりだった。
「四十になる前にってなに? ちゃんとした男の人ってなに?」
デリカシーがないから、再婚相手が現れないのよと話が逸れる。それを指摘したいところだけれど、ここで口を挟んだなら、ものすごい勢いで言い返されることはわかっていた。
「とにかく、そういうことだ」
「そういうことって、まだ反対し続けるつもりなの?」
呼び止める麻衣子にも耳を貸さず、私は自分の部屋へと逃げたのだ。
そんなことがあったばかりだった。
部下をひどく叱っておいて、自分も同じことをしてしまい、うろたえている気分だ。
昼休みに聡子から電話が掛かってきた。同じ会社だけれど今は部署が違うため、休んでいることは知らなかった。
聡子はまるで、今日は映画を見てきたのと言うような口調で、病院へ行ってきたことを告げた。そして、その映画がどんな内容だったかと報告するように、子供が出来たと言った。
最初に浮かんだのは仁志と麻衣子の顔だった。生まれてくる子が二人にとって弟か妹になるのだと気づいたときには、声が出そうなほどに驚いた。
次に浮かんだのは、竹野だ。竹野は大学時代からの親友だ。東京で就職していたけれど、数年前に地元に戻ってきて起業した。それからは頻繁に酒を飲むようになった。孫が出来るということも言えずにいるのに、子供が出来たと報告する場面を想像しただけで、逃げ出したくなる。
そんな私の様子を聡子も察していたに違いない。
「やっぱり、隆志さんは反対よね」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。ただちょっとびっくりして………」
そう否定するのが精一杯だった。