弾丸旅行でねえ、大変だったの、お父さんも私も英語なんか喋れないしね、ツアーにすればよかったんだけどお父さんが他人と一緒に海外に行くなんて嫌だって言ってさあ。またはじけるように始まった母のおしゃべりを、今度は少しとがった声で、再び遮る。
「それで、何、どうして急に移住なんて言い出したの。」
「海がね、きれいな色だったの。もう一回見たくてさ。」
「それだけ?」
私と夫の気が抜けた声が重なる。夫が手元のショートケーキを口に運び始めた。彼は彼なりに緊張して、ケーキもあまり食べられていなかったようだ。
「それだけじゃないけどさ。」
「じゃあ、住まなくっても旅行でいいじゃない。」
「だけど、それじゃあお父さんには見せてあげられないでしょ。」
母が仏壇を見た。まさか、仏壇ごとグアムの海の見える家に引っ越すつもりなのか。
「仏壇は仏壇でしょ、お父さんじゃないよ。写真撮って見せてあげれば良いじゃん。」
私は優しく諭す。
「そりゃそうかもしれないけど。お父さんと一緒に本物を見に行きたいの。」
ふてくされたような顔で言う母を見て、ボケたようではなさそうだとひとまず胸をなでおろした。
「英語だって喋れないんだし、無理だよ、無理。なあんだ、びっくりしちゃった。そんなことか。」
「英語は勉強しているよ。テレビでやるの。ハロー、ジス・イズ・ア・ペーン。」
「何言ってるのよ。もう15年前みたいに若くもないんだよ。」
「もうすぐ死ぬんだから好きにしたっていいでしょう。お父さん、お仏壇の方は連れてっちゃうから、お墓はお願いね。」
母も私もお互いにイライラして声が大きくなり始めた時だった。
「わかった、海、行きましょう。」
ケーキをきれいに食べ終えた夫が、急に自信に満ち溢れた声をだした。母も私も、きょとんと夫の顔を眺めた。何を言い出したのか。アルバムの写真をのぞき込んで、人差し指でとんとんと父をつつく夫。
「この時の服って、まだあったりしますか。」
「お父さんの服?」
母は写真に顔を近づけて、どうかなあ、捨てちゃったかしら、でも、とぶつぶつ言っていたかと思うと、ゆっくり立ち上がって洋服を探しに二階に歩いて行った。
「何考えてるの。」
私はなんだか恐ろしくなって夫の肘を掴む。
「お義母さん、ずっとお義父さんと行きたいって言ってるからさ。」
「それはわかるけど。」