呼び鈴に母が大きな声で返事をし、少し間をあけてドアが開いた。ひょこっと顔を出した母は、私たちを見て嬉しそうにほほ笑んだ。
「どうもどうも、お久しぶりです。」
ぺこりと頭を下げる夫に続いて、
「ただいま。」
と挨拶し、少し埃っぽいにおいのする玄関で靴を脱いだ。その間に、母はちょこまかとリビングに戻っていった。やかんでお湯をわかす音がする。アイスコーヒーできるかな、どうだろう、お土産に買ってきたケーキをちらりと見て、夫と小声で会話した。母は甘いものが好きだ。でも一人ではお菓子の量が多すぎて、買う気にならないのだという。つまり、お客様がお土産に買ってきた甘いものを、皆で少しずつ分け合うのが好きなのだろう。
扇風機がゆっくりと首を回し、窓からは少し秋めいた風が入り込んでくる。日光の下にいるとまだまだ夏を感じるが、秋もそこまできているようだ。ケーキと温かい緑茶を飲みながら、母のとめどなく出てくる話を聞いている。畑でとれた野菜のこと、先日遊びに来た娘のこと、墓の営業電話がかかってくること、隣のおばさんが遊びに来たこと、庭をうろうろしている野良猫のこと。いくら待っても、肝心のグアム移住の話は出てこない。夫はなんだか眠たげな表情になってきた。私は、再び始まった畑でとれた野菜の話を遮り、聞いた。
「グアムに移住するって言ってたって本当?」
母は一瞬きょとんとしたが、ふふふっと笑った。よかった、冗談だったのか、と思った矢先、母の言葉が続く。
「内緒ねって言ったのに、もう言っちゃったのね。」
娘のことのようだ。本当だと確認し、私はぎょっとして隣の夫と顔を見合わせた。
「グアムにお友達でもいるんですか?」
夫が顔をこわばらせている私の代わりに、母に優しく問うた。母は静かに立ち上がると、仏壇の横に平積みになっていたアルバムの一番上を持って戻ってきた。机の横に置いてある母専用の椅子にどっかりと座ると、老眼鏡をかけ、眉毛と眉毛をぎゅっと近くしながら一ページずつ丁寧にアルバムをめくっていく。すぐにお目当ての写真が見つかったようだ。これこれ、と嬉しそうに言いながらアルバムを私たちに突き出した。色褪せてはいるが、海をバックに父と母が立っている。父はいつものしかめっ面を少し和らげ、母は楽し気に首を傾けていた。
「あのね、お父さんが死ぬ5年位前にね、グアムに一緒に行ったのよ。」
私は写真をまじまじと眺めながら、記憶を探っていた。その頃は必死に子供たちを育てていたころなので、他のことをよく覚えていない。
「そうだったっけ。」
「うん、うん。3日間くらいね。」