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『砂浜に革靴』青木なこ


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9月期優秀作品

『砂浜に革靴』青木なこ

 
 母はグアムに移住するつもりらしい。一人暮らしをしている娘から電話をもらって、私は耳を疑った。遊びに行ったらこっそり教えてくれたけど、お母さん知ってた?おばあちゃんさあ、大丈夫かなあ。娘のぼんやりとこぼしたセリフが頭の中をぐるぐるまわる。そんなことはこれまで一度も聞いたことがない。もともと母は積極的に外に出かけていくタイプではなかった。父が亡くなってから10年ほどたつが、特に出かけなくなっていた。埼玉県の家に一人、小さな畑をせっせと耕したり、時折訪ねてくる娘や孫たちを心待ちにしながら静かに暮らしていた、はずであった。その母が急に、グアム。私は握りしめていた携帯電話を机の上に放り出し、ソファに深く腰掛けた。もしかして、ついにボケが始まってしまったのか。母に電話してみることも恐ろしくて、私は一人深いため息をついた。

 
「グアムか。沖縄ならよかったのになあ。」
 仕事から帰ってきた夫に母のことを相談すると、靴下を脱ぎながらのんきな声で言われた。
「そういうことじゃないでしょう。なんでそんなこと言い出したのかな、もしかしてボケちゃったのかなってさ。」
 なるべく深刻そうに言ったのに、夫はあまり気にしていなさそうだ。
「お義母さんに限ってそれはないでしょ。暇だったんじゃない、一人だし。」
「暇って、そんな。」
「大丈夫だよ、今だけだって、どうせそのうち忘れるからさ。」
 それを聞いた瞬間、私はカッとなって大声を上げていた。
「何が大丈夫なの。なんでそんな風に言えるの。何かあってからじゃ遅いでしょ。」
 体中をずくんずくんと血が流れていくのを感じる。目の奥がぎゅっとする。私は、私が思っていた以上に母を心配していたことに気が付いた。私の剣幕に驚いた夫は困ったような顔をして、それからすぐ微笑んだ。
「わかった、ごめん。じゃあ、今週末お義母さんに会いに行こう。あっちの話を聞かないで、こっちでとやかく言っていてもしかたがないしね。」
 私は子供のようにこくんと頷いて、夫の夕飯の支度をしにキッチンへ向かう。本当は、これ以上夫と話していたら泣いてしまうかもしれない、と思ったからだ。二人の娘が大学進学を機に家を出てしまってから、どうも涙もろくなってしまったように感じる。寝る前に、やっぱりどうしても電話が出来なくて、母宛に「今週末遊びに行く」と短いメールを送った。翌日の昼前、さらに短い「うん」という返信があった。この二文字をうつのに、どれだけ時間をかけたのか想像もつかない。

 週末は見事な晴天だった。実家などに帰らず、ピクニックにでも行きたくなる。私が外を見てため息をつくと、もっと面倒に感じているはずの夫が苦笑する。
「2時間くらいで着いちゃうのに、最近なかなか遊びに行けなかったんだ。良い機会だよ。」
 ある程度近所に住んでいると、いつでも行けるという気持ちが勝って足を運ぶのが億劫になってしまう。それもそうね、とこちらも苦笑しながら、私たちは家を出た。

「はいはいはいはーい、いらっしゃい。」

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