「お父さん知らないの?結構前からあるよー?前はメイコの幼稚園の鞄にもついてたでしょ?」
「そうだっけ?」
「そうだよー!」
呆れたような顔のマイコに苦笑いする。子どもが二人になったから、子ども達の将来のためにも仕事を増やそうと今まで頑張って来たけど、どうやら俺は肝心なことを忘れてたらしい。
「おとーさん、これかってー」
仕事ばかりしてると子どもに忘れられるぞと部長に言われて心配していたが、まだ小さいメイコも俺のことを覚えてはくれているらしい。少しだけほっとする。
「あぁ、去年おばあちゃん家にあったやつか。うちじゃ蚊取り線香はちょっとなー…」
「今日はお姉ちゃんの買い物だから、お家用のは今度にしようねー」
「これかおうよー…」
悲しそうなメイコに罪悪感を覚えた。ちっちゃな両手で抱っこした蚊取り線香の缶が、マイコの小さい頃よりも言葉の発達の遅いメイコの可愛らしさを際立たせるアイテムのように見えてくる…。
「じゃあ…」
いいよと言いかける俺に、マユミの鋭い視線が刺さる。
「あー…っと、そうだ!メイコちょっとお父さんとこっち行ってみようかー」
蚊取り線香の缶を抱えたままのメイコごと抱き上げる。缶の重さを差し引いても前よりずっと重くなったメイコに、俺が家庭を顧みなかった時間の長さを突きつけられているような気分になった。これは、仕事で疲れてるなんて言ってる場合では無いみたいだ。
先に商品選んどいてと目配せして、伝わってることを信じてメイコと一緒に入浴剤のコーナーに移動する。
「ほら、メイコ。こっちのと交換しない?これも去年のおばあちゃん家にあっただろ?」
「しってる!おふろのいろつくるやつ!」
「そう。こっちなら今日から使えるし。な?こっちと交換ー」
「うんっ!おふろとこうたいー」
箱入りの入浴剤と交換して、入浴剤の箱を抱きしめたメイコを連れて、メイコの気が変わらないうちに虫除けグッズのコーナーに戻る。俺一人で子どもを説得することが出来るなんて、少し誇らしい気持ちになれた。ちゃんと俺は子どもの「お父さん」でいれている。よかった。
「あ、帰ってきた!お帰り~」