9月期優秀作品
『吉岡さん家の再出発』静谷亮治
「マイコ、今度の林間学校の準備はしたのー?」
夕方。帰宅早々お母さんが玄関から叫ぶ。気になることがある時のお母さんはいつもこうだ。「ただいま」よりも先に、私に文句を言い始めようとする。
「ちょっとお母さん!帰って来たら、『ただいま』でしょ?メイコが真似しちゃったらどうするの!?」
まだ五歳になったばかりの妹を引き合いに出してみると、玄関先のお母さんはちょっとだけ口を閉じた。うん、いい方向に風向きを変えられたかも。
「ただいま。メイコとお留守番してくれてありがとうね。お野菜いっぱい買って来れたから、今日はマイコの好きなサラダも作るからね」
「お帰りなさい!ねぇサラダって、ササミとゆで卵の乗ったやつ?!私本当そのサラダ好きー!!」
ちょっとだけ落ち着いた口調になったお母さんは、買い物袋と一緒に部屋に入ってくる。ダイニングテーブルの上に置かれた買い物袋は重そうで、野菜の他に何かいいものが入ってそうな気がしてちょっとだけ期待したくなった。
メイコも同じ気持ちみたいで、床で遊んでいたオモチャを放りだしてダイニングテーブルに走ってくる。我が妹ながら、メイコは本当に可愛いと思う。
「おやつっ、ある?」
「あるわよー。でも、ご飯のあーと」
しゃがんでまだちょっとだけ舌っ足らずが残ったメイコと目線を合わせてお母さんは、にっこりと笑った。どうやらもうお母さんの頭の中には林間学校の準備のことなんて消えちゃったみたいだった。メイコ様々!
抱き上げられてお母さんに方向転換をさせられたメイコは、お菓子に未練があるみたいで、すぐにまた方向転換してつま先立ちでダイニングテーブルの上を観察してた。
「私のお菓子も買ってくれてるー?」
「マイコのお菓子もご飯のあーと」
「お願い!何買ってきてくれたか確認だけ!」
「だーめ。メイコが真似したがるでしょー?」
ううぅ、自分の言ったのが返ってきたぁ…。
「それよりマイコ、林間学校の準備はしたんでしょーね?お母さん、まだ林間学校のしおりも見せてもらってないんだけどー?」
「見せるの一日遅れただけじゃんー」
「来週はお父さんが出張で忙しいんだから、明日マイコの分も一緒に買っちゃった方がいいでしょ?下着とか虫除けスプレーとか、買い足さないといけないものもあるだろうし…」