「十分助かる!あ!ねぇ、今日はビールにしようか?」
「いいの?!」
「嘘。明日は早く出たいから、今日は麦茶でーす」
「えー」
珍しく家の中で笑顔を見せたケイスケさんを見ていると、少し前の仲が良かった二人に戻れた気がした。ケイスケさんがネクタイや上着をダイニングテーブルの椅子に毎日かけっぱなしにしてることも、今日は許せそうな気がする。
「あのね、林間学校って山の中とかでしょ?だから私虫除けスプレーを準備しようって言ったのに、マイコがなんて言ったと思う?虫除けスプレーじゃなくてオモチャみたいなリングの虫除けの方がいいって言うのよ?」
「別にリングだろうがスプレーだろうが、どっちでも良くないか?」
「山の中なのよ?あんなオモチャみたいなのだけで、虫除けになりそうな感じしないじゃない」
麦茶で晩酌中のケイスケさんの向かいに座って愚痴をこぼす私に、ケイスケさんは少しめんどくさそうな顔をした。やっぱり今のこの人にとっては、目先の仕事の方が子供のことよりも大事なのかもしれないな。
「でも、マイコぐらいの歳だと、友達と一緒がいいって時期じゃないの?マユミだって、気持ち分かるんじゃない?」
「そうかもしれないけど…、でも、虫に刺されて林間学校が愉しめなくなったら可哀想だし、万が一ってこともあるかもしれないし…」
「じゃあさ、いつも使ってるメーカーの虫除けスプレーとリングと買ってみたら?同じメーカーの商品ならマユミも安心だろうし」
「そうかもしれないけど…。どっちか残ったら勿体ないじゃない?」
「その時は俺が使うからさ。今回はマイコのしたいようにさせてやろうよ。メイコが出来てから、お姉ちゃんお姉ちゃんって言われてマイコも色々我慢してるだろうし」
「…経験談?」
「経験談。ちょっと荷物になるだろうけど、虫除けスプレーもリングもそんなに場所取るものじゃないしね。お互いに譲歩しようって言ったら、マイコも少しは話聞いてくれるんじゃない?」
「それでやっぱり、スプレーだけ置いていくって言われたら?」
「その時は…、俺がこっそりマイコのバッグにスプレーも入れとこうか?」
付き合っていた時みたいにおどけながら新しいグラスを私に手渡してくれるケイスケさんは、やっぱり優しいケイスケさんのままみたいだった。久々に一緒に飲むお茶は、お酒じゃないのに何だかとても美味しかった。
「マイコ、出かける準備できた?」
「…私、行かない」