病院に来るたびに、毎回同じことを思う。看護師たちの命がけの試合を眺めるようにベンチに座らされる患者たち。私と信也も今その中に交じっている。お喋りを控えていたら、運転の疲れが出てしまったのか、信也は腕組みしたまま動かなくなってしまった。
あっちの家を出たのは朝の十時だった。本当は家近くの臨海公園や信也の通っていた小中学校を見に行き、ご飯を食べて帰ろう、ということになっていたが、予定を早めに切り上げて帰ることになった。私は大丈夫、と言い張ったのだが、旅先で体調を悪くしたら叶わない、明日は仕事だしまたすぐに来ればいい、という三人(というよりほぼ信也とお義母さん)の説得を受け、しぶしぶ帰り路に着いた。
私は朝から咳が止まらなくなっていた。
目覚めた瞬間から、喉へ違和感を覚えていたのが、布団を片付ける間に小さな咳がどんどん酷くなった。せっかくお義母さんが用意してくれた朝食を、三分の一ほど残してしまい、自己嫌悪が襲う。昔から気道は強いとは言えなかった。空気の悪いところや埃っぽいところに行くと、咳が止まらなくなる。冷たい人口の風が苦手なのも、それが理由の一つだった。
抑えようとすると尚のこと酷くなる咳に、揺れる私の背中をさすりながら、お義母さんが言った。
「あの和室はずいぶん前から掃除してたんやけどねぇ。線香の煙かねぇ」
「あんまり長く吸うと、だめなのかも」
昨夜の私の話に思い当たったように、信也が呟く。
私は、何も答えられなかった。
「張本さん、もう入って大丈夫だよ」
婦長さんが、医療用品を積んだカートを押しながら、廊下の奥から声をかけてくれる。そちらへ一つ会釈をして、すっかり寝つぶれている信也の肩を叩く。
三〇五号室の札にマジックで書かれてある「張本 浪江」の文字は、経年のせいか薄くなっている。
信也の田舎から帰ったら、その足で母の入院する病院へあいさつに行こう、と決めていた。帰り着くころには咳も少し収まっていたので、予定通り寄ることにした。思っていたより訪問が早まってしまい、病室に足を踏み入れたら丁度おしめを変えるところだという。
「体温測定とかもあるから、終わったら教えるね」
母の入院時からお世話をしてくれている婦長さん(当時は看護師だった)にそう肩を叩かれた。彼女は悪戯っぽい目で信也を見上げると「彼氏?」と囁いた。「旦那になる人です」と笑うと、彼女の目が影を帯びた微笑みになる。
「そっかぁ、お母さんに挨拶に来たんだね……大丈夫、彼イケメン風だから」
風、をあえて強調する彼女に、まいったように信也が頭をかく。